[全文公開] Topics Plus No.4 御社はなぜ調査対象に選定されたのか?
税理士 遠藤 克博
執筆者経歴 東北大学経済学部卒業、1978年 東京国税局入局。1990年 国税庁調査課からロンドン長期出張、1997年~1999年 税務大学校研究部教育官、2000年~2003年 東京国税局調査第一部国際調査課課長補佐、2003年~2006年 税務大学校国際租税セミナー担当教授。2008年 税理士登録、2009年~2020年 青山学院大学大学院国際租税法客員教授、2010年~ 上場企業の社外役員。 主な著書「海外取引の税務Q&A」「税理士のための国際税務の基礎知識」(税務研究会)、「BEPS文書作成マニュアル(共著)」(大蔵財務協会)など著書多数。 |
とある企業での社長と経理部長の話
「部長、今朝の新聞読んだ? 申告漏れの総額が7,800億円もあったってさ。」
「社長、読みました。うちもそろそろですね。また胃が痛くなるなぁ...。」
国内景気の好調の波に乗って、この会社でも社員への賞与を多めに支給しましたが、当期利益の金額は史上最高水準となり、今までで最高額の税金を納付しました。
「税金を多く払った年に税務調査があるのは、泣きっ面に蜂じゃないのかね?」、「ほめてもらって然るべきなのに、重箱の隅をつつくような調査をやって、追徴の税金に加算税やら延滞税やら、やりたい放題じゃないか。」
かつて、調査に伺った際に、経営者の方から漏れた嘆きの声ですが、今は、申告書の提出が終わったときに、茶飲み話で拝聴しています。
サラリーマンであった時にはさほど負担感を感じなかった所得税(プラス住民税)ですが、事業所得者として納税するようになって、手元からいつの間にか消えていった現金に未練を感じつつ、なけなしの預金をかき集めて、郵便局で納税します。「ほかの人も正しく納税しているんだろうなぁ?」(元税務職員とは思えない、小市民気分です。)
●税務調査に対する不安感
「わが社の税務調査はいつ頃あるのか?」、「わが社の税務調査の頻度は他社に比べて短くないか?」、企業経営者の皆さんや会計、税務をご担当されている責任者の皆さんにとっては、えも言われぬ不安感とともに頭から離れない悩みであると推察します。税務調査があると、「わが社の税務調査の担当調査官は他社に比べて厳格な人が来ているのではないか?」と思いがちなものです。
税務調査は、企業が健全に運営されているかどうかを調べる「健康診断」のようなものですが、健康な企業であっても、あまりウエルカムなものではないようです。
今回は、「税務調査対象企業の選定」がどのように行われているのかをのぞいてみたいと思います。
令和4年度の「海外取引の申告漏れ把握額」は2,259億円(非違全体の29%)
令和5年11月に、国税庁は、「令和4事務年度の法人税等の調査事績」という報道発表資料を国税庁ホームページに公開しています。この資料を基に、どのような企業が税務調査の対象として、毎年選定されるのかを考えてみます。
資料の冒頭には「あらゆる資料情報と提出された 申告書等の分析・検討 を行った結果、 大口・悪質な不正計算等が想定 される法人など、調査必要度の高い法人について実地調査を実施し、申告漏れ所得金額7,801億円を把握した。」と記載されています。海外取引に係る申告漏れ所得金額は、そのうちの総額2,259億円で、全申告漏れ所得金額の29%を占めています。その内訳は、外国子会社合算税制(406億円)、移転価格税制(392億円)とコロナ禍前の水準に戻りつつあるようです。
注目すべき点は「 調査必要度の高い 」納税者を調査した結果であると記載されていることです。全国の法人(約330万社)のうち調査を受ける法人数の割合は、1.8%です。全法人をあまねく調査するには55年かかるところ、必要度が高い法人に対しては3年周期で調査が行われていると聞きます。果たして、どのような法人が「調査の必要度が高い」法人なのでしょう?
●海外取引調査の位置付け
法人税調査で把握された申告漏れ所得金額のうちの約29%が海外取引に係る否認事項であったということは、国税庁の事務運営における、海外取引調査の位置付けを図る指標といえます。報告では、海外取引を行う法人の調査件数が6,676件、そのうち海外取引に関連する否認事項が把握された件数は1,752件とあり、調査件数のうえでも約26%の法人で海外取引に関連する問題点が把握されたことを示しています。
主要な国際税制ごとの実地調査の状況は次の通りです。
年度 | 令和2 | 令和3 | ||
項目 | 件数等 | 対前比 | 件数等 | 対前比 |
外国子会社合算税制の非違件数 | 54 | 145% | 107 | 198.1% |
外国子会社合算税制の非違金額(億円) | 297 | 321.4% | 406 | 136.7% |
移転価格税制の非違件数 | 154 | 114.9% | 149 | 96.8% |
移転価格税制の非違金額(億円) | 333 | 66.3% | 392 | 117.9% |
* 係数の収集と集計に時間を要するため、令和4事務年度の計数は登載されていません。
コロナ禍での実地調査件数の減少傾向から通年並みに戻っている状況がうかがえます。
国税局における調査対象法人の抽出作業
調査担当部門には、その調査体制に応じた業種、業態の調査対象法人が割り振られます。私が担当していた時期は、有所得割合が30%程度まで下がった時期でしたので、好況の法人のみならず、異常計数がある欠損法人も、調査対象に選定しました。最終的に、調査担当官一人ひとりがどの法人の調査を担当したかが記録され、その成果も記録、報告されますので、言わば、職員の通信簿の基礎資料となる調査対象が割り振られるという意味を持っています。
どのような法人の調査指令を統括官から命じられるかは、大袈裟ですが、サラリーマンである調査官にとって、時には人生を左右する重要な出来事なのです。多額な不正計算を把握した場合や社会が注目する新たなスキーム等の解明を行った場合などは、国税庁長官や国税局長から表彰される制度があります。表彰を何度も受ける職員は、やはり特別昇給して、枢要なポストに栄進しています。
●事務運営の重点事項が示されている?
国税局の事務年度は、7月から6月です。人事異動が7月初旬にありその数日前に異動の予告が本人に伝えられます。翌事業年度の事務運営の基本方針の原案は人事異動前から進められており、国税庁の事務運営の重点事項に従い、各事務系統の基本方針が立案されて、調査対象法人の選定につながっていくわけです。
国税庁が公開する情報の中にも、事務運営の重点を示すものがあるかもしれませんので、のぞいてみてはいかがでしょうか。
●「赤紙」のある会社を優先
国税局、税務署には、資料情報課(部門)があり、各種、各段階の商取引情報の収集を行うとともに、資料源開発といって、活用効果の高い資料収集ができる事業者等を開拓する仕事もしています。また、金融機関等には磁気ファイルで、個人、法人等の金融取引(口座の有無、残高、国外送受金など)に関する情報を定期的に提出する義務が課されています。支払調書は60種類ほどある法定調書の一つですが、個人、法人の支払者が1年間に誰に、どれだけの支払をしたかを記載して報告しなければなりません。支払内容としては、報酬、料金、契約金、賞金の支払調書、不動産の使用、譲渡、仲介、斡旋等の手数料などがあります。
このほかに、税務調査を行った際に調査官が収集する実地調査資料(取引、決済など)、税務署員が登記所に赴いて収集する登記関係資料などもあり、全国の金融機関、税務署から、納税義務者を所管する税務署等に日々、配送が行われています(現在は電子化が進んでいるかもしれません)。
腕利きの調査官が、実地調査の際に、調査対象法人の取引先に関して入手した、疑義がもたれた資料、情報を通称「赤紙」と称される重要資料箋に記載して回報するケースもあります。不正計算の可能性が高い情報です。
以上のような膨大な資料、情報が、納税義務者を所管する課、部門に回報され、主査、調査官等が、当該資料を基に、調査の必要度が高い法人を粗選定します。選定に当たって検討する事項は次の通りです。
① 赤紙に記載された取引先、金融機関等が法人税申告書内訳明細書に記載があるか否か。
② 一般収集資料に記載された取引先、金融機関等が申告書内訳明細書に記載があるか否か。
③ 暦年の資産、負債、収益、費用を比較できる一覧表を作成し、変動、異常計数等を把握する。
④ 営業外収益、費用、特別損益項目に大きな金額がないかを検討する。
以上の作業を行うことで、財務諸表に表示された勘定科目のうち何に焦点を当てるかが決まります。次に行う作業は、何を見て、だれに質問するかです。冒頭の会話で、社長と経理部長が嫌な気分になったのは、重要な質問は最終的に、社長と経理部長に対して行われるからです。
腕利きの調査官は、準備調査でリストアップした疑問点について、調査の初期段階で質問することはしません。会社の保管された、あるいは取引先等に保管されているあるべき資料、情報を確認してから、意思決定者である社長、経理部長に質問調査を実施するのです。
エピソード
筆者が税務署から国税局調査第三部に異動して最初にペアを組んだ初老の先輩主査との忘れられない思い出があります。調査畑一筋のベテランの主査でしたが、同僚との交流といえば、毎週金曜日の終業後に事務机で開催される「乾きものでのご苦労さん会」に参加することくらいでした。焼酎のお湯割りをちびちびやりながら、にこにこ後輩の自慢話に耳を傾ける物静かな方だったのです。
筆者は、横浜の署で貿易業の調査を経験していましたが、規模の大きな中堅商社の調査は、どこから何を見て行っていいのかも見当がつかないうちに、調査日程が終わりに近づいてきていました。その日の調査を終えて帰りしなに、主査は、「明日は、まずこの書類の突き合わせをやっといてね。」との一言とともに、ファックスの交信記録とインボイスの写しを手渡されました。ファックスの片隅には「X銀行Y支店 個人名 500万円」というメモが走り書きされていたのです。主査が苦労して突き止めた売上除外金の送金指示でした。
「なぜ、ご自分で...?」と考える日が続きました。ある晩、すぐ上の先輩に居酒屋でその話をすると、先輩は日本酒の熱燗をゆっくりとうまそうに飲み干して、「もう定年も近いからな。そういう人なんだよ。お前も後輩に引き継げばいいんじゃないか。」という言葉が返ってきました。冷え込みの厳しい夜でしたが、寮に帰る道の家々の明かりがやけに温かく感じられたのを覚えています。
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