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[全文公開] アングル 外国政府から情報交換要請を受けた場合における納税者の権利保護

 税理士 川田 剛

( 104頁)

▶はじめに

外国の税務当局から租税条約に基づく情報交換要請があった場合、わが国をはじめ多くの国では、納税者又はその関係者に相手国から要請があった旨及び具体的な要請内容等について通知することなくそれに応じることとしている。

それは、情報交換を求める国においても同様である。しかし、国及び事案の内容によっては必ずしもそういうことにはならないようである。

そこで今回は、そのような事例 『M. N. and Others v.San Marino事案 (EU Count of Human Rights, no ; 28005/12. 12. July 2015)』について紹介してみたい。

外国政府からの要請に基づいて行われた脱税嫌疑者に係る銀行等に関する情報の提供命令が、欧州人権条約第8条に反し無効であるとされた事案の概要

(M.N. and Others v. San Marino no. 28005/12.7 July 2015. European Court of Human Rights)

この事案は、イタリア市民がサンマリノ共和国の銀行口座等を利用して脱税及びマネーロンダリングをしていたとして、イタリアの当局からサンマリノ共和国 (注) になされたM、N氏らに関する情報交換に応じることの是非をめぐって争われたものである。

(注)サンマリノ共和国はイタリア中部にある都市国家で、面積は61.2㎢と十和田湖とほぼ同じ、人口3.3万人という小さな国である。周囲をイタリアに囲まれてはいるが世界最古の共和国(約1300年前から)として知られているれっきとした独立国である。

要請を受けたサンマリノの当局は、当初同国内にある全ての銀行及び信託会社等に対しM、N氏ら4人に係る捜索、差押えを行う旨を通知した。

それに対しM、N氏らがサンマリノ当局によるそれらの処置が不当であるとして訴訟を提起したが認められなかった。

そこで、同人らが本人にことわりなく捜索、差押え等の行為をするのは人権侵害であるとして、欧州人権条約第5条(平等取扱い)及び第8条(プライバシー尊重の権利)による救済を求めて人権裁判所に訴えを提起したというものである。

(欧州人権裁判所の判断)

訴えを受けた欧州人権裁判所は、サンマリノの法律がこれらに関する手続、保証条項を欠いていること、その結果、M、N氏(他の3人の申請は却下)は、捜索及び差押え処分等に対する救済手段が与えられていないこと、M、N氏自身は捜索対象として指定された銀行等のオーナーでもないこと、犯罪手続において対象とされていなかったことなどから、サンマリノ当局はイタリア政府から要請があったとしても金融機関等に対する強制調査を行なったことはEU人権保護法第8条に違反し、許されないとしてサンマリノ政府に対しM、N氏に対する損害賠償を命じている。

▶わが国の取扱い

わが国では、国内法上EU諸国におけるような人権保護法は存在していない (注)

(注)2002年当時の小泉内閣時代に、人権擁護法案を提出したことがあった。しかし、翌年10日の衆議院解散により廃案となった。

また、2005年には民主党が人権保護救済法案を提出したものの審議未了で廃案となっている。

しかし、例えば2015年に改正された日独租税条約議定書11⒟では、情報を提供する当局が要請する場合には、提供された情報が使用されたか否かについて提供国に個別の事案ごとに通知する(⒟)とともに、情報を受領する国は、その国の法令に従い、ある者に関して提供された情報及び当該情報が使用される目的を当該者に通知することとする(⒡)などにより、納税者の権利擁護にも配慮した内容のものとなっている。

▶脱税事案について情報交換要請を受けた場合におけるわが国の対応(平成18年改正)

税法の規定に違反して租税を免れている者に対しては、多くの国でそれらの者を脱税者とし刑罰の対象としている。

そして、その捜索、調査等の手続きについても、原則として刑事捜索等と同じ手法が用いられている。

それは、他国から依頼を受けた場合にあっても同様である。

ちなみに、わが国では、このような事態に対処するため、平成18年度の租税条約実施法の改正により、条約相手国から犯則事件の調査に必要な情報(いわゆる必要犯則情報)の文書による提供要請があった場合には、(国内における通常の犯則調査の場合に準じ)地方裁判所の裁判官が発行する許可状により強制調査として、臨検、捜索または差押えを行うことができることとされた(同法10の2、10の3)。