[全文公開] Topics Plus No.7 「節税」「過少申告」「脱税」の違いを図る「物差し」について
税理士 遠藤 克博
執筆者経歴 東北大学経済学部卒業、1978年 東京国税局入局。1990年 国税庁調査課からロンドン長期出張、1997年~1999年 税務大学校研究部教育官、2000年~2003年 東京国税局調査第一部国際調査課課長補佐、2003年~2006年 税務大学校国際租税セミナー担当教授。2008年 税理士登録、2009年~2020年 青山学院大学大学院国際租税法客員教授、2010年~ 上場企業の社外役員。 主な著書「海外取引の税務Q&A」「税理士のための国際税務の基礎知識」(税務研究会)、「BEPS文書作成マニュアル(共著)」(大蔵財務協会)など著書多数。 |
節税スキームに国税局が課税
令和6年10月5日に、ある朝刊が、「欧州の小国 「節税」 の舞台に!」という見出しの記事を掲載しました。サブタイトルは「リヒテンシュタインに財団作りバハマで利益!」。記事の内容は、日本の居住者が、パナマで得た所得が非課税となるリヒテンシュタインの税制を利用して行った節税スキームに、日本の国税当局がメスを入れた(課税した)事案が争いになり、国税不服審判所に持ち込まれ、裁決がでたという報道です。
事案の内容を、新聞報道を基に、検討してみたいと思います。

●財団設立の目的と実態
日本の居住者であるX氏は、リヒテンシュタインに資本金3万スイスフラン(約500万円)の財団を設立しました。財団は、「経済的に援助を必要とする人を支援する活動を行う」ことを名目上の目的としていましたが、実態は、バハマに設立した法人が運用する公社債の利子と償還益の受け皿でした。バハマ法人が運用していた資金は約22億円に上ります(リヒテンシュタインでは、財団の設立が案外容易なようです)。
居住者は、バハマ法人に計上された利子所得等は、リヒテンシュタインの財団に帰属するものとして、居住者の所得として申告はしていませんでした。日本の国税当局は、バハマ法人、リヒテンシュタイン財団で計上された利子所得の実質的な帰属者は居住者X氏であると認定し、追徴課税を行ったものです。
国税当局は、どうやら 法人税法第132条 を適用して課税処分を行ったように思われます。
同族会社等の行為又は計算の否認 |
第百三十二条 税務署長は、 次に掲げる法人 に係る法人税につき更正又は決定をする場合において、その法人の行為又は計算で、これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その行為又は計算にかかわらず、税務署長の認めるところにより、その法人に係る法人税の課税標準若しくは欠損金額又は法人税の額を計算することができる。 |
この条文の第一号に、「内国法人である 同族会社 」が規定されています。執行上は、税法に規定する「同族会社」が実質で判定されます。その結果、形式的には同族会社でなくても、この行為計算否認規定は動き出すのです。
●当局の「伝家の宝刀」
形式上の契約関係を否認して取引の実質に引き直した課税を行う趣旨の本規定は、国税当局にとって「伝家の宝刀」とも呼ばれてきた法人税法の規定です。国税にとって、「家に代々伝わる大切な刀、いよいよという場合にのみ使用するもの。」を使ったわけです。
公社債の運用を行ったバハマ法人とその資金を出したリヒテンシュタイン財団の実質行為者(所得の帰属者)がX氏であるという認定を行うために、国税当局は、かなりの証拠固めのための努力を行ったものと推測されます。国内に反面調査先がある場合は、時間と労力をかけることで、かなりの証拠を入手することが可能です。
●情報交換制度での反面調査
一方、証拠を保有する反面調査先が外国の財団、法人である場合は、租税条約に規定された情報交換制度を利用するなど、専門性と根気を要する調査官の継続的な努力が必要となります。課税処分に至るまでの、調査官とこれを支援する部署の人たちの血のにじむような努力の日々が思い浮かびます。
調査対象のX氏は、財団との関係はないし、バハマ法人の株式も保有していないといった主張をしているようですので、審判所の判断を不服とした場合の、その後の司法手続きでの事実関係の立証が注目されるところです。
財団法人の目的と活動
ところで、「財団法人の税務」はどのようになっているのでしょう。
「財団とは、一定の目的のために提供された財産を運用するため、その財産を基礎として設立される法人。」
一定の要件を満たすことで設立できる一般財団法人と、公益法人として認定を受けた公益財団法人があり、わが国の税制では、収益事業を行った場合に法人税の納税義務が生じ、公益事業は課税の対象外となっています。
●収益事業の利益と帰属
国によって、財団に認められた活動内容に違いがあるかもしれません。しかしながら、日本においても、財団法人が収益事業を行うことは可能です。仮に、財団の収益事業の利益が、財団に資金を拠出した個人に帰属し、財団の資金を自由に動かせる状況にあれば、リヒテンシュタインを舞台にした本件の課税関係は、国内においてもありうることなのかもしれません。
日本の居住者が、日本で同様の経済活動を行った場合、日本の国税当局は、多方面に張り巡らした資料情報収集の制度と、他の国々に比べても極めてち密といわれる調査能力で、たちまちのうちに、課税漏れを把握してしまうかもしれません。そのような経験則もあったのか、X氏は舞台を欧州・カリブ海に移したのでしょう。
世界同時発信されたパナマ文書
税務に携わる方は「パナマ文書」というタイトルの新聞報道を覚えているのではないでしょうか。非営利組織である国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が、2016年4月4日月曜日午前3時(日本時間)に、世界同時発信の形で報道した「史上最大の内部告発」事件でした。パナマ文書について、当時オバマ大統領が「パナマから流出した大量のデータは、租税回避がグローバルな大問題であることを思い起こさせてくれた。」と述べています。
パナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」(MF社)は、顧客の注文を受けて英領バージン諸島、アンギラ島など9か所の租税回避地に会社を設立したり維持したりすることを日常業務としており、パナマ文書の電子ファイルはその過程で作られたものであると言われます。
【パナマ文書報道のアウトライン】
1.某国大統領の友人が多額な資産運用
R国の大統領の友人である音楽家R氏が、2008年3月から7年間にわたり、パナマにある「インターナショナル・メディア・オーバーシーズ(IMO)」という 会社の株主となり 、約20億ドルに上る資金をタックスヘイブンの会社に出資し、無税で運用しました。

JETROの情報によれば、パナマの法人に対する標準税率は25%となっています。パナマは領土主義(Territoriality)を採用しているため、パナマ国内で行われた取引による所得のみが課税の対象となり、オフショア非課税となっています。したがって、IMO社がパナマを拠点にして、オフショアで稼いだ巨額な所得には課税が行われていません。
2.某国首相夫妻の資産運用に関する情報
I国の首相は、2007年10月に、英領バージン諸島(BVI)に「ウイントリス(W社)」という会社を設立しました。同社は実質、首相の資産を運用し管理する会社でした。管理運営は専門業者に委託し、同社の人間が役員に就任しました。ウイントリスが投資事業で稼得した利益は手数料を除いて全額、首相に帰属する裏契約がありました。
2009年12月末日付で、首相は株式譲渡合意書に署名し、多額の含み益があるW社の全株式を1ドルで首相の妻に譲渡しました。

後に、BVIに所在するW社の株主がG首相からその妻に変わったという情報を、I国税務当局が入手し、G首相の税務問題は顕在化し、G首相は辞任に追い込まれました。
●実質所得者の認定作業の難しさ
「同族会社(関係者間)の行為計算を否認」して、「実質所得者」に課税を行うという税務判断は、「仮装隠蔽」が伴う場合と、経済活動として広く行われがちな場合とがありそうです。「実質所得者」を課税庁が認定するという作業は、「仮装隠蔽」がある場合も難しいですが、「仮装隠蔽」がない場合は気が遠くなるほど大変な作業です。
ビジネスを行う金融機関等が「実質所得者」でなければ取引を受け付けないというシステムになれば、税務当局も楽になるのかもしれません。