※ 記事の内容は発行日時点の情報に基づくものです

[全文公開] アングル 米国における税務申告状況

 税理士 川田 剛

( 76頁)

▶はじめに

米国では、個人の確定申告期限は4月15日となっている。

しかし、わが国の場合と異なり、申請があれば個別に「期限延長(extension)」が認められている。

また、納税義務者が基本的に個人と法人のみとされているわが国と異なり、州法に基づく様々な事業体が存在している米国では、連邦税法上それらの事業態様別に応じた申告も受理している。

そこで、今回は、それらをまとめた形で公表されている申告状況について、IRSのDate Book 2023をベースに紹介する。

▶個人所得税

わが国のような年末調整制度のない米国においては、源泉徴収された給与所得者は、還付申告をしなければ税金が戻ってこないシステムとなっている。

その結果、2023年における個人所得税の申告件数は1.6億件を超えるぼう大な数字(163,146.9千件)となっている。

そのうち、還付申告件数は125,534.6千件で、全申告件数の77%を占めている。

また、オンライン申告をした者は、納税者が自分自身で申告したのが287.6万件、申告書作成代理人等(有料)によるものが5,404.2万人となっている。この数字からも明らかなように、実際にはカネを払って申告書作成を依頼している人の割合が多いようである。

▶法人税

法人に対する課税は、法人で生じた所得について、わが国と同じように法人段階で課税される通常の法人(いわゆるC法人)と、法人段階でなく、その株主にパス・スルーして課税する小規模法人(いわゆるS法人)やL.L.C等とに区分されている (注)

(注)なお、S法人として課税を受けるためには、株主数が100人以下で、株主が米国人のみ、普通株のみなど一定の条件を充足し、かつ、当該法人からパス・スルー課税を受ける旨の申請があったうえで、IRSの承認を受けた場合に限られている。

(C法人)

2023年度においてC法人として申告があったのは246.4万件である。

(S法人)

それに対し、S法人として申告があったのは588.2万件で、C法人の2倍以上になっている (注)

(注)その原因として考えられるのは、米国では法人を税務上株主とは別個の存在として扱ういわゆる「法人実在税」をベースとしているため、わが国のように株主が法人から配当を受領した際、配当控除等が受けられず、結果的に二重課税が生じてしまうためである。

※なお、州法上の法人でありながら、IRSに申請することによりパス・スルー課税が認められる法人「L.L.C」については、この統計年報では区分されたデータとしては表示されていない。

▶多様な事業体

連邦税法で定義されているS法人を除く事業体は、C法人を含め、全て州法に基づく事業体である。

そこで、連邦税法(International Revenue Code I.R.C)では、州法の定義をふまえつつ、連邦税法上その取扱いについて別途規定している。

代表的なものが、パートナーシップ、遺産信託(Estate)、信託(Trust)、非課税・免税団体(Tax Exempt Organization)等である。

それらのうち最も多いのがパートナーシップ (注) で511.7万件、次いで遺産信託と信託であわせて337.0万件、免税団体が178.9万件となっている。

(注)内国歳入法では、パートナーシップとは、次のようなものをいうこととされている(IRC 第76条(a))。

シンジケート、グループ、プール、ジョイント・ベンチャー若しくはその他の法人格を有していない組織体(unincorporated organization)で、それらを通じ又はそれらを手段としてビジネス、金融活動又はベンチャー活動を直接又は間接に営む組織体を含み、法人(corporation)、信託(trust)若しくは遺産信託(estate)を含まないものをいう。

なお、パートナーシップで生じた損益について構成員課税を受けるためには、IRSにその旨の選択届出が必要とされている(Treas, Reg301, 7701-3)。

(パートナーシップ)

パートナーシップについては、それ自体に対する課税は原則としてなく、構成員たるパートナーに課税することとされている。ただし、パートナーシップで生じた損益及びそれらのうち各パートナーに配分された損益等については、情報申告書(Form 1065.スケジュールK―1)により、IRSへの報告が求められている。

(遺産信託、信託)

一般に「信託」という名で知られている事業体は、「遺産信託」と「通常の信託」に区分される。

このうち「遺産信託」とは、遺産課税システムが採用されている英米系では一般的な信託である。

「遺産信託(Estate)」は、ある者が死亡した場合、その者の有していた資産・負債をいったん遺産信託という形でまとめ、裁判所等の関与を得ながら、遺言執行人が遺言に基づき(遺言がない場合には裁判所の選任する遺産管理人により)、それらの遺産から遺産税や負債等を弁済し、その残りを遺言に従って相続人等に分割するというやり方である (注)

(注)この点で、亡くなった人の資産負債が直接相続人のものになるというわが国などの法制と異なる。

それに対し、「通常の信託」にあっては、委託者(SettlorsまたはGrantor)が、自己の有する財産を受託者(Trustee)の名義に変更したうえで、そこから生じる損益を受益者(Beneficiary)に与えるという内容のもので、原則として州法で規定されている。

「遺産信託」及び「通常の信託」から生じる利得の分配及びそれらに対する課税方法、元本の分配方法にはさまざまなやり方がある。そのため、内国歳入法では、サブチャプターJ(IRE第641条~691条)で、その課税方法や課税時期について規定している。

また、信託で生じた損益等が誰にどのような形で分配するのか等についても、信託契約等によって異なるため、信託から情報申告書を提出させるという形(Form 3520, 3520-A, 926, 1041)でその内容を把握することとしている。

▶非課税・免税団体

非課税・免税団体については、その組織態様の如何にかかわらず、IRSの認可が必要とされている。この資格を取得した団体については、団体で生じた所得は免税となるだけでなく、財産を寄付した側でも寄附金控除を受けることが認められている。

しかし、その内容についてはIRSの厳重なチェックを受けることになるなど、わが国よりも厳しい取扱いとなっている。

▶遺産税、贈与税

第一次トランプ政権下において遺産税について控除枠の大幅引上げがなされ日本円で20億円程度以下であれば遺産税はかからないこととなった。

その結果申告件数も大幅に減少し、2000年当時12.3万件あった申告件数が2023年には4.9万件と半分以下になっている。

他方、連邦贈与税については、遺産税が厳しくなる前に贈与をしておこうという意向等もあって2000年当時30.8万件だったものが、51.6万件と70%近い増加となっている。

▶あとがき

これまでにみてきたところからも明らかなように納税者の区分やそれに対する当局の取組み方の違いが統計データの取り方にもあらわれている。

かつて、筆者が米国在勤時代、日本から出張等で来られた税務職員の方が必ず口にされたのが調査割合、なかでも実調率ということであった。

しかし、カリフォルニア州だけでもわが国より大きくそこに税務署が数カ所しかないという状況下では、担当官が納税者のところに行って実際に帳簿をチェックするというようなこと(いわゆる実地調査)は実際に不可能である。

今回のこのレポートが若干でも日米間のこのような差異を理解する一助となれば幸いである。