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[全文公開] Topics Plus No.10 国税庁でもAIによる調査選定が進む!...調査事案選定の視点

 税理士 遠藤 克博

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執筆者経歴

1978年 東京国税局入局。1990年 国税庁調査課からロンドン長期出張、1997年~1999年 税務大学校研究部教育官、2000年~2003年 東京国税局調査第一部国際調査課課長補佐、2003年~2006年 税務大学校国際租税セミナー担当教授。2008年 税理士登録、2009年~2020年 青山学院大学大学院国際租税法客員教授、2010年~ 電子機器メーカー、電子部品メーカー、外航海運業の社外監査役。

主な著書「海外取引の税務Q&A」「税理士のための国際税務の基礎知識」(税務研究会)、「BEPS文書作成マニュアル(共著)」(大蔵財務協会)など著書多数。

報道に見る"国税庁公表「所得税調査等の状況」"

国税庁は、毎年11月に前事務年度の調査事績を公表します。昨年は11月29日の夕刻のテレビニュースで、国税庁による所得税調査で史上最高額となる1,398億円の追徴税額が徴収されたと報じられました。報道内容の要旨は次の通りです。

「所得税の追徴課税1,398億円余 過去最多に"AI取り入れた結果"!」

2024年6月までの1年間に行われた各国税局の税務調査で、所得税の申告漏れによる追徴税額が総額1,398億円余りに上り、これまでの最高額であったことが公表された。国税庁は、2023年度から、本格的に「AI」=人工知能を導入し、AIに申告漏れの事例を学習させて、税務調査に活用する方式を取り入れた。各国税局が1年間に実施した所得税に関する税務調査は60万件余りであったが、把握された申告漏れ所得金額は、31万件余り、約1兆円、追徴税額は約1,400億円であり、前年比30億円の増加で、統計開始(2009年)以降で最高額となった。

国税庁は、本格的に「AI」に申告漏れがあった事例を学習させ、申告書の記載内容に不備があった納税者や、一見して概算の申告金額で申告したと思われる納税者、現金商売等を行う納税者等を優先的に選定し、重点的に調べる税務調査に取り組んだ結果、追徴税額が最も多くなったとしている。

☞人工知能(artificial intelligence)とは、「言語の理解や推論、問題解決などの知的行動を人間に代わってコンピュータに行わせる技術、または、コンピュータによる知的な情報処理システムの設計や実現に関する研究分野」と定義されている。

税務調査におけるAI活用

今回は税務調査という行政手続きについて、AIを活用するということはどのようなことを指すのか考えてみます。

税務調査手続きは、次のようなプロセスで進められます。

① 調査対象法人の選定
② 調査の進め方の決定
③ 調査担当官の指定
④ 調査着手日の決定
⑤ 準備調査
⑥ 実地調査
⑦ 調査報告書の作成、決済
⑧ 課税所得金額等の賦課決定通知

各プロセスにおいて、果たしてAIは有効に機能するのでしょうか?

①の調査対象法人の選定ですが、調査官は次のような視点で、調査対象とすべき納税者を絞り込みます。

イ 蓄積された資料、情報から不正計算や申告漏れ等が想定されるか?

ロ 決算書の財務分析から異常な係数等が認められないか?

ハ 収益や利益が急増していないか?

ニ 収益や利益が急激に減少していないか?

ホ 事業内容に関連するマスコミ報道等から注目すべき取引等はないか?

へ 前回調査から間隔が空いていないか?

ト 前回調査で継続的に検討すべき重大な問題が把握されていないか?

チ 大きな金額の特別損益はないか?

調査対象者に応じた調査方法の検討

調査対象に選定された納税者については、現金商売、飲食業、卸、製造、サービスといった業種、業態に応じて、調査の事前通知を行うか否か、本店や事業所、工場、倉庫など臨場する場所はどこが良いか、調査担当官は何人必要かといった、いわば調査展開上の作戦を事前に入念に検討します。

担当する調査官についても、係数分析に優れた者、各業界に精通した者、反面調査等のフットワークを要する手続きを得意とする者などそれぞれに個性がありますので、適材適所の配置に関する意思決定が行われます。

臨場調査の事前準備

調査着手日、時間、臨場する場所などの検討に当たっては、調査着手時点の現状の把握が欠かせない業種、業態の場合、査察部や資料調査課が実施する無予告による臨場調査の必要性も検討されます。例えば、風俗業やバー、クラブといった業種については、前日の営業実態をありのままに把握するため、会社の事業所はもちろん、事務処理を行う場所、貸金庫のある場所、経営者の自宅や現金や帳簿を管理する者の自宅などにも臨場します。どこに臨場すべきかは当然、事前に確認しておく必要がありますので、それぞれの場所を確認するための事前準備も相当前から行われるわけです。

国際取引を行う法人等の選定

国際取引を行う法人等については、国内の金融機関から所轄税務署に次のような情報が定期的に提出されます。

1.個人・法人等から外国に向けた送金に関する情報

2.個人・法人等に向けた外国からの受金に関する情報

これらの情報を参考に選定が行われます。

AI活用の有効性

このように各手続きの具体的な内容をフォローしてみると、情報の入手と、整理、分析、これに基づく①から⑤の資料作成には、AIは大変有効に活用可能であると推測されます。

また、⑥から⑧についても、人の手を煩わすことなく作業が行なえる部分がかなりありそうです。人間の頭脳による意思決定に委ねられるプロセス以外は、AIが十分頼りになるということかもしれません。

人員の適性を基に配置

国税局、税務署の調査担当部署は、会社の規模、業種、所在地等に加えて、過去の調査により不正計算が把握されたか、多額の申告漏れ所得が把握されたかという記録を加味して、調査担当部署と、調査担当官が貼り付けられます。調査担当官は、各種の研修の成績や実務経験、調査事績等の記録をもとにして、その者がどのような調査事案に適性があるかが判断されます。

各調査担当部署は、年度計画の下で、前年実績等も踏まえ、7月から翌年6月までの事務年度の調査計画を立てますが、税務申告書が調査担当部門に回報される月から粗々の調査対象法人の選定が行われ、申告書審理、係数分析の結果を見て、具体的な調査事案の選定と調査担当官の決定が行われます。この作業プロセスの中には、AIを活用した情報分析が極めて効果的なものがありそうです。

経験によるハンディキャップの克服

思い起こせば、調査事案の指令を行う管理者は、必ずしも、法人税調査の経験が豊かな者ばかりではなく、時には、総務や徴収、個人所得税、資産税などの勤務経験が長い者で、2~3年の法人税調査経験ののち、他の事務系等に異動する者も少なからずいました。

AIの活用が効果的に進めば、過去の勤務経験によるハンディキャップは相当克服できるかもしれません。

管理ポストの職員が、調査経験不足等を気にすることなく、本来の管理業務に能力を集中する時代が到来するのも間近です。