※ 記事の内容は発行日時点の情報に基づくものです

移転価格税制についての素朴な疑問① 連載の開始にあたり(上)

外国法共同事業 ジョーンズ・デイ法律事務所 弁護士 井上 康一

( 46頁)

コロナ禍のために東京を含む7都府県に最初の緊急事態宣言が発出されたのは,昨年の4月7日でした。丁度そのころから慣れぬテレワークを始めたものの,漠然とした不安感や先行きの不透明さのために平常心を保つのは容易ではありませんでした。

そこで,一念発起して開始したのが,移転価格税制を勉強し直すということです。改めて,同税制に関連する国税庁及びOECDの公表文書,最近刊行された書籍,雑誌の記事,裁判例・裁決例等々を読み解き,ノートをとるところから始めました。こうした作業を1年近く続けるうちに,これまで感じていた移転価格税制特有の分かりにくさがどこから生じてくるのかが段々と見えてきました。また,従前は必ずしも理解が十分でなかった事項の理解が深まり,新しい気付きに至ることも少なくありませんでした。そして,折角ここまで勉強したのだから,個人的な備忘録ではなく,形あるものとして残したいという気持ちが徐々に芽生えてきました。

このような学び直しの成果の一部は,すでに本誌にて「コロナ禍と移転価格対応」( 40巻12号12頁 )及び「親子間契約書は必要か有用か〈1〉~〈3〉」( 41巻7号14頁同8号27頁同9号36頁 )として公表済みです。上記以外の論点についても,本誌のご厚意により,この度,連載形式での発表の機会をいただくことが可能となりました。

本連載では,理解が難しいと思われる移転価格税制上の論点を取り上げ,その論点につき自説を展開するのではなく,税務当局がどのように考えているかという点を中心に説明します。そして,そのような説明の根拠がどこにあるかを,脚注においてできるだけ示すようにいたします。また,一般的・抽象的な解説にとどめるのではなく,日系の多国籍企業グループの眼から見たときに,特にいかなる点が問題となり,どのような点に留意すべきかに言及するように努めます。

長丁場になりそうですが,筆者の「素朴な疑問」の解明にお付き合いいただければ幸いです。

Ⅰ  はじめに

筆者は,法律家として長年にわたり国際税務の実務に携わってはいるが,必ずしも移転価格税制を専門的に取り扱ってきたわけではない。しかし,国際税務の実務における主要なプレーヤーは多国籍企業であり,しかもグループ内で取引を行うことが極めて多い。このため,移転価格税制関連の問題は頻発する。こうした事情もあり,筆者としては,あくまでも国際税務の実務の一分野として移転価格税制の問題にも取り組んできたというのが実状である。かかる立場の筆者の眼から見ると,同税制には特有の分かりにくさがあり,疑問に思うところが少なくない。

本稿は,こうした背景を持つ筆者が,移転価格税制に関して抱いた素朴な疑問を提示した上で,検討結果を示すことを目的としている。移転価格税制の専門家の眼から見れば,見当外れのところがあるかもしれない。もしそうであれば,その旨是非ご教示いただきたい。逆に,筆者の疑問を共有してもらえるのであれば,本稿を契機として少しでも論点が整理され,議論が深まっていくことを期待したい。

なお,本稿では,筆者の提示する疑問点について自説を述べるのではなく,可能な限り税務当局がどのような見解をとっているかの究明に力点を置く。その点が明確になれば,納税者としてどのような対応策をとるのが有効であるかを明らかにすることができ,より実益のある議論の展開が可能となるからである。

Ⅱ  素朴な疑問がなぜ生まれるか

1 根本原因

筆者が移転価格税制について分かりにくいと感じる根源には,大きく分けて以下の三つの理由があるように思われる。

第一に,日本の移転価格税制は,昭和61...