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[全文公開] ベトナム・税収動向について(2021年実績,2022年予算)

  加藤 博之

( 72頁)

1.はじめに

2021年のベトナム・マクロ経済は,2020年と比較しても「順風満帆」といった状況ではなかった。特に,2021年夏から秋にかけては,新型コロナウィルス感染症の感染拡大のため,人の移動制限が長引き,製造業のみならず,個人消費も大きく減少し,四半期ベース(第3四半期)の実質GDP成長率はマイナス成長に陥った。通年でみても,当初の計画(6.5%成長)を大幅に下回る2.58%成長にとどまる結果となった。

他方,税収は,当初予算ベースの収納割合は概ね順調な結果であった。2021年12月にベトナム財政省が公表した税収実績(一次推計)によれば,税収全体では,当初予算額(1,028兆2,390億ドン)を上回る1,055兆2,830億ドンとなった。基幹3税目(付加価値税,法人所得税及び個人所得税)のいずれも当初予算額を上回る結果となった。ただし,2021年度は当初予算自体が例年に比べ低めに設定されていたこともあり,単純に「税収は安定」とは言い難い状況となっている。

本稿においては,ベトナムのマクロ経済状況にもふれつつ,2021年度における税収実績,2022年度予算における税収見込み等について整理することとしたい。

なお,本稿における意見等の部分については,筆者の個人的な見解等であることを予めお断りしたい。

2.ベトナム・マクロ経済の状況

(1)2021年のマクロ経済

2021年のベトナム経済の状況はめまぐるしく変化した。2020年は,新型コロナウィルス感染症の感染拡大の封じ込めに成功し,ASEAN内でも「一人勝ち」の様相を見せていた。しかしながら,2021年7月以降,新型コロナウィルス感染症の感染拡大によりハノイ市やホーチミン市などにおいて厳しい行動制限(社会隔離措置)が行われた結果,製造業を中心に生産停止などで業況が悪化し,2021年7月~9月の実質GDP成長率は前年同期比▲6.2% となり四半期ベースのプラス成長が途絶えた 。9月以降,社会隔離措置が段階的に緩和されたこともあり,第4四半期の実質GDP成長率は前年同期比5.22%と回復したものの,通年では2.58%の成長にとどまる結果となった。これは,当初の見通しであった6.5%成長を大幅に下回る結果となった。

なお,ベトナムのマクロ経済に大きな影響を与える外国企業による対内直接投資については,金額ベースでは前年同期比9.2%増(2021年12月20日時点)となる311億5,300万ドルとなったものの,件数ベースでは6,520件と前年同期比で3分の2程度の水準となっており,新型コロナウィルス感染症の感染拡大により,人の往来がスムーズに行えなかったことで,外国企業による投資活動にも影響が出ていることがうかがえる結果となっている。

(2)2022年のマクロ経済

2021年11月,ベトナム国会は「2022年社会・経済発展計画」を決定した。その中で,2022年の実質GDP成長率について,2021年当初(6.5%)と同水準の6~6.5%が目標として設定された。これは,2021年1月に開催されたベトナム共産党第13回大会(党大会)において示された今後5年間の目標値(6.5%~7%)を意識したものと思われる。

ベトナム政府は,今後,社会隔離措置の緩和とワクチン接種が進むことで個人消費が回復し内需が高まること,世界経済の回復による外需の高まりにより輸出が一層拡大すること,などでその目標を達成できると見通しているが,それはチャレンジングなものであり ,難しい舵取りの下,政府の積極的な取組が求められる

3.税収について

(1)2021年実績(一次推計)

ベトナム財政省が公表した2021年の税収実績(一次推計)によれば,税収全体は1,055兆2,830億ドンと当初予算比2.6%増の結果となっている。また,基幹3税目も,法人所得税が272兆9,730億ドン,個人所得税が113兆4,420億ドン,付加価値税が333兆2,240億ドンとなっており,当初予算比でそれぞれ10.4%増,5.2%増,1%増となっている。この結果については,上半期終了時点である程度予想できるものであった。基幹3税目は,上半期終了時点でいずれも対当初予算ベースの収納割合が6割程度と順調な状況であった。

また,上半期時点で懸念されていた国有企業(SOE)からの法人所得税収についても,税収の伸びが懸念されたところではあったが,結果的には当初予算ベース(49兆6,530億ドン)を上回る55兆7,340億ドンとなり,計画達成に貢献する結果となった。

他方,2021年の税収実績(一次推計)の中で,国内における資産の譲渡等に係る付加価値税の税収がややイレギュラーな結果を示した。当初予算ベースでは237兆3,810億ドンを見込んでいたものの,実績は230兆8,350億ドンにとどまった。その要因について詳細を見てみると,ベトナム非国有企業(民間企業)の税収が当初予算ベースを下回ったことがある。ベトナム非国有企業の国内における資産の譲渡等からの付加価値税収は,当初予算ベースでは123兆3,640億ドンが見込まれていたが,実績では114兆6,540億ドンにとどまった。これは,社会的隔離措置に伴い,サービス業を中心に深刻な影響を受け,個人消費が著しく減ったことなどによる影響が出ているものと思われる。

(2)2022年度予算

2022年度予算において,税収全体は1,086兆8,480億ドンとされた。これは,2021年度予算に比べ5.7%増となっている。2021年度予算が対前年予算比で▲13.8%であったことを踏まえれば,2022年度予算はマクロ経済の回復を相当程度見込んでの税収見通しとなっている。

基幹3税目について,いずれも前年予算を上回る税収見通しとなっている。法人所得税と付加価値税はそれぞれ6%増程度となっているが,個人所得税については9.5%増と大幅な伸びを見通している。また,内需の回復による輸入と好調な外需に応える形での輸出の拡大により,輸出入税も8.8%増と比較的大きな伸びが見込まれている。

なお,当初予算ベースでの税収規模という観点からは,2022年度予算であっても新型コロナウィルス感染症の感染拡大以前の水準には戻っていない。2022年の実質GDP成長率を6~6.5%と見込むものの,その結果が税収実績に反映されるにはやや時間がかかることが表れている。

(表1)税収の比較(単位:ドン)

2021年度予算 2021年実績
(一次推計)
2022年度予算 増加割合(%)
(対前年予算比)
税収計 1,028兆2,390億 1,055兆2,830億 1,086兆8,480億 5.7%増
法人所得税 247兆3,040億 272兆9,730億 263兆4,730億 6.5%増
個人所得税 107兆7,960億 113兆4,420億 118兆750億 9.5%増
付加価値税 330兆8,810億 333兆2,240億 351兆5,130億 6.2%増
特別消費税 96兆4,800億 97兆9,840億 103兆360億 6.8%増
輸出入税 85兆 86兆6,110億 92兆5,210億 8.8%増

(参考)ベトナム財政省HP公表資料をもとに作成

(3)2020年に比べ税収は改善されたのか

当初予算ベースの収納割合という観点からは2021年は改善しているといえる。2020年は当初予算ベースの収納割合は89%にとどまった。しかしながら,2020年度の当初予算における税収見込みは1,192兆8,040億ドンと2021年度予算に比べ16%程度規模が大きい。つまり,2021年は,当初予算ベースの収納割合という意味では改善が見られるものの,税収の規模という意味では,新型コロナウィルス感染症の感染拡大以前の水準には戻っていない。要すれば,「税収は改善されたのか」という問に対して,単純に"Yes"と結論付けるのは難しい。

ただし,個別の税目では,少し状況が異なる。例えば,個人所得税や法人所得税では,新型コロナウィルス感染症の感染拡大による影響緩和のため政策減税の措置が講じられており,その影響も考慮する必要がある。個人所得税については,2020年度分から基礎控除額や扶養控除額が引き上げられ,この影響は約10兆3,000億ドン程度とされている。また,法人所得税については,2020事業年度の売上総額が一定金額以下の事業者について法人所得税の納付額を30%減額する政策減税が行われており,その影響は約23兆ドンとされている。

それらの政策減税による減税額を加味した場合,2022年度予算における個人所得税及び法人所得税の税収規模は,新型コロナウィルス感染症の感染拡大以前の水準に概ね戻っていることは注目に値する。

(表3)当初予算ベースでの税収規模の比較(単位:ドン)

2018年度予算 2019年度予算 2020年度予算 2021年度予算 2022年度予算
1,022兆8,610億 1,113兆7,480億 1,192兆8,040億 1,028兆2,390億 1,086兆8,480億

(参考)ベトナム財政省HP公表資料をもとに作成

(表2)個人所得税及び法人所得税の税収規模の比較(単位:ドン)

2020年度予算 2022年度予算 2022年度予算
(政策減税考慮後)
法人所得税 289兆5,540億 263兆4,730億 286兆4,730億
個人所得税 128兆6,350億 118兆750億 128兆3,750億

(参考)ベトナム財政省HP公表資料をもとに作成

4.おわりに

2021年の実質GDP成長率2.58%は,2025年までの5年間平均の実質GDP成長率を大きく下回る結果となっており,今後,新型コロナウィルス感染症の感染拡大による経済の落ち込みから,これまでの想定以上の急速な回復・拡大が必要な状況となっている。

その一方で,新型コロナウィルス感染症は,2021年12月時点において,ベトナム全国において感染拡大しており,その新規感染者数は,2021年9月の第4波のピークを越えるレベルに達しており,経済活動再開への足かせとなっている。

基幹3税目の一つである付加価値税の税収は,個人消費や経済活動が正常化しない限り,その回復は難しい。2022年度予算においては,法人所得税と個人所得税において,実質的には新型コロナウィルス感染症の感染拡大以前の規模を想定するなど,かなり強気な見通しが示されているが,今後,付加価値税収の動向を見つつ,ベトナムの経済回復の状況を見極めていくことも必要かもしれない。


1 農林水産業はプラス成長(1%)を維持したが,鉱工業・建設業が▲5.0%,サービス業が▲9.3%とマイナス成長となった。

2 新型コロナウィルス感染症の感染拡大以降(2020年1月~3月),世界各国が四半期ベースでマイナス成長となる中,ベトナムはプラス成長を継続していた。

3 2022年実質GDP成長率の設定に際しては,新型コロナウィルス感染症の感染拡大を抑制しながらの目標達成は困難であり,5%程度とすべきとの声も上がっていた。

4 ベトナムの場合,医療体制が脆弱であり,新型コロナウィルス感染症の感染拡大が進むと,行動制限も含め他のASEAN諸国よりも厳しい防疫措置等を再導入せざるを得ない状況であり,その対策と経済活動の再開の両立をはかることが求められる。