※ 記事の内容は発行日時点の情報に基づくものです

[全文公開] アングル 英国における租税回避への取組み

 税理士 川田 剛

( 100頁)

はじめに

早くから租税回避が問題視されてきた米国と異なり,英国では,有名なWestminster事件(1936,H.L.19T.C.490)判決の影響等もあって,文理解釈が重視され,租税回避問題への取組みには慎重だった。

しかし,1982年に出されたRamsay事件判決(Ramsay v. Inland Revenue Commissioner, A. C. 300 at 326)で租税回避取引に対し,文理解釈以外の解釈 (注) による課税が認められたことからそれまでの遅れを取り戻すかのように租税回避に対する取組みを強化している。

そこで,今回は英国における最近の取組み状況について紹介する。

なお,この記事を書くに当たっては,英国歳入関税庁(HMRC)のホームページを参考にした。

(注)ちなみに,同判決ではWilber force判事により次のような判示がなされている。

Ramsay事案における裁判所の法令解釈スタンス

Ramsay事件判決において,英国最高裁は,「裁判所は,文理解釈(literal interpretation)に限定されることなく,文脈(context)法の趣旨(scheme of the Act),目的(purpose)についてもあわせて考慮すべきである。」としている。

そのうえで,「本件取引においては,納税者の目的は,キャピタルゲインに係る課税を回避するため,(それに見合うキャピタルロスを生じさせる手段として,レディ・メードの租税回避商品を購入した上で)本来であれば何の変化も生じないものについて,あえて一方の資産(ローン②)の価値を増加させ,それに見合う他方の資産価値を減少させ(ローン②について金利を11%から22%にするとともに,ローン①については,金利11%から0%に)たうえで,価値の増加した資産の売却に伴うキャピタルゲインについて,非課税規定の適用を受けるため,(A社に債務ローン①を弁済させることによって,A社の価値を減少させた上で)その株式を譲渡することによりキャピタルロスを生じさせることにあった。」ので,これら一連の行為を租税回避行為に当たるとして,否認した課税庁の処分は相当であった」としている。

一般否認規定(GAAR)の創設

Ramsay事件で明らかになったような租税回避事例に対抗するため,種々の個別否認規定(Targetted Anti-Abuse Rule:T.A.A.R.やSpecific Anti-Abuse Rule:S.A.A.R.)が設けられてきた。

その結果,税法が複雑化し,それが新しい租税回避の出現につながっているのではないかという反省がなされるに至った。

いわゆる法の濫用(abuse of law)問題である。そこで1984年ごろから法の濫用を防止する一般否認規定(General Anti-Avoidance Rule;GAAR)の導入論が高まり,1988年に法案が上程された。しかし,その成立までに時間を要し,実際に法律にこの規定が盛り込まれたのは2013年のことであった。

この規定の施行に伴い,HMRCではGAARの適用に関するガイダンスを公表した。

義務的開示制度(DOTAS)の創設(1998年)

GAAR規定導入論議と並行し,租税回避スキームを開発したり販売している者に対し,それらのスキームをHMRCに開示させるいわゆる「義務的開示制度(Disclosure of Tax-Avoidance scheme:DOTAS)」が創設された(1998年)。

(注)HMRCによれば,この制度を導入した主たる目的は租税回避の①予防,②(HMRCによる)早期の探査・解明,及び③効果的な対処であった(HMRCパンフレットTackling Tax-Avoidance 2011.3)

ちなみに,この制度によりHMRCへの開示(スキーム番号及び顧客リストの開示)が義務付けられているのは,HMRCが租税回避の可能性が高いと考えているスキーム(Hall-Mark Scheme)の開発者又は販売者である。

また,義務違反に対しては,最高で600ポンド(約10万円)のペナルティが課されることとなっている。

しかし,DOTAS制度が導入された(2014年)にもかかわらず,プロモーター等のなかには,HMRCへのスキームの開示を怠っていた者もいた。

そのような場合,HMRCは,プロモーター等に対し,スキーム登録番号を開示するよう求めることができることとされていたが,実際には時間がかかりすぎることなどの理由もあって,プロモーター等がスキームの販売を続けているという事例がみられた。

租税回避スキームのプロモーターに対する 規制強化(POTAS)

そこで,2014年の法改正で,HMRCにプロモーターの活動に条件を付す権限が与えられた。

また,プロモーターの販売しているスキームが,HMRCによって租税回避と判定された場合(deated by HMRC),HMRCはそれらのスキームのプロモーターに対し販売差止命令を発する(issue notice promotor to stop selling it)ことができることとされた。

これが,租税回避スキームのプロモーターに対する規制強化措置(Promotor of Tax Avoidance scheme(いわゆるP.O.T.A.S.))である。

あわせて,プロモーターが販売禁止命令を受ける前に事業体を解散し,新たに別の事業体を創設することによる,禁止規定の適用のがれを防止するため,POTAS制度の下では,HMRCに対し,実質的にそれらの事業体を支配している者にも販売禁止命令を発出する権限が付与された。

しかし,今度は,プロモーターが表面に出ず,第三者(enabler)を介して顧客に租税回避スキームを紹介するという手口が利用されるようになった。

租税回避スキームの利用を可能にしている者に対する規制(ETAS)(2017年)

そこで,2017年の法改正で,租税回避スキームのプロモーターのみでなく,それらのスキームを顧客に紹介するだけのいわゆるenablerについても,規制の対象とするETAS制度(Enabler of Tax Avoidance Scheme」)が追加された。

この制度は,HMRCが,あるスキームの解明過程において,それらが租税回避スキームであると判断した場合には,プロモーターのみならず,それらのスキームの紹介者等に対しても,彼らをenablerとしてペナルティ賦課の対象にすることができるというものである。

この措置が追加されたことにより,HMRCでは,顧客がそれらのスキームを購入し,それが実際に租税回避スキームであると判明するまで待つことなく,それらのスキームが顧客に販売される前の段階で情報を入手することができるようになった。