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[全文公開] アングル 米国、対ハンガリー租税条約を終了する旨通告

 税理士 川田 剛

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はじめに

OECDモデル条約を始め多くの二国間租税条約においては「終了条項(termination clause)」が付されている。 (注)

(注)例えばOECDモデル条約では第32条、日米租税条約では第31条。しかし、実際にこの条項が適用される事例は極めてまれである。

然るに、米国(財務省)は、対ハンガリーとの間で1979年に締結された租税条約について、2022年7月8日付でこの条約を終了させる旨の通知をしたことを明らかにした。わが国の場合、このような事例は生じていないが、今後出てくる可能性もないわけではない。そこで、今回はその背景等について紹介する。

これまでに米国が終了通知を発出した事例

米国が二国間租税条約について終了通知を発出した事例は今回が始めてではない。

最初の事例は1987年にオランダ領アンティルとの間の条約終結について出されたものである。しかし、その時はその条約の殆んどの規定が対オランダとの間の条約に吸収された。したがって実質的な内容の変化は不当な特典享受の防止などに限られていた。

しかもこれらの終了通知はユーロ・ボンド市場に悪影響を与えることになる可能性があるとの理由で一部について取消しがなされている。

2回目は、1997年に発出されたマルタとの間の条約(1980年締結)に関する終了通知である。しかし、この条約については新しい条約が2008年に締結され、現在に至っている。そのため、実務上の弊害はあまり生じていなかったとみられている。

終了通知を発出するに至った背景等

米国とハンガリーとの間の租税条約は1979年に締結されたものであるが、2010年の改訂で新たに濫用防止規定、いわゆる「特典享受制限条項(Limitation of benefit)」等を追加することで合意していた。

しかし、この改正案については米国上院(より具体的にはケンタッキー州出身のS.R.Paul議員と共和党)の反対により批准にまで至らなかったため現在もペンディング状態となっている。

ちなみに、今回米国が対ハンガリーとの間の租税条約を終了させようとすることになった背景としてあげられているのは、米国(バイデン政権)が推進しようとしているグローバル・ミニマムタックス構想にハンガリーが反対しているためではないかという点である。ちなみに、マスコミ報道等によればハンガリーでは自国独自の施策(コロナ禍からの経済復興策)として、法人税率を9%に引き下げようとしているようである。しかし、そうなると米国の最低税率規制(GILTI)及びBEPSプロジェクトで推進しようとしている第2の柱(Pillar II)の最低税率とも抵触してくる可能性がある。しかも、第2の柱について、EUでは域内の税率を一定水準以上にするということで各国間で意見統一を図ろうとしているのに、ハンガリーのみはそれに反対しているようである。

このようなことから、今回の終了通知は、ハンガリーにおけるこれらの動きに圧力を加える目的があるとの見方もなされている。

今後の流れ

今回、同条約第26条に基づくこの通知がなされたとしても直ちに同条約が終了するわけではなく、実際に効力を有することになるのは2023年1月8日からである。 (注)

(注)ちなみに、源泉徴収分については、2024年1月1日以降の支払分からで、その他の税(所得税、法人税)については2024年1月1日以降に開始する事業年度からとなる。

ちなみに、日米条約第31条における類似した規定は次のような内容になっている。

(参考)

第31条(終了)

この条約は、一方の締約国によって終了させられる時まで効力を有する。いずれの一方の締約国も、この条約の効力発生の日から5年の期間が満了した後に、外交上の経路を通じて、他方の締約国に対し6箇月前に書面による終了の通告を行うことにより、この条約を終了させることができる。この場合には、この条約は、次のものにつき効力を失う。

(a)日本においては、

(ⅰ)源泉徴収される租税に関しては、当該6箇月の期間が満了した年の翌年の1月1日以後に租税を課される額

(ⅱ)源泉徴収されない所得に対する租税及び事業税に関しては、当該6箇月の期間が満了した年の翌年の1月1日以後に開始する各課税年度の所得

(b)合衆国においては、

(ⅰ)源泉徴収される租税に関しては、当該6箇月の期間が満了した年の翌年の1月1日以後に支払われ又は貸記される額

(ⅱ)その他の租税に関しては、当該6箇月の期間が満了した年の翌年の1月1日以後に開始する各課税期間