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[全文公開] アングル メジャーリーグの球団売却に係る税務争訟

 税理士 川田 剛

( 90頁)

▶はじめに

今年のストーブリーグでも一流選手の大リーグ移籍が話題になっている。

ところで、ソフトバンクや楽天、DeNAにみられるように、わが国のプロ野球でも、オーナーが変わることはよくある。それに伴い、多くの場合、球団名も変更になっているが、それらが税務上問題になったという話はあまり聞かない。

米国でも、基本的にはわが国の場合と同様である。

しかし、なかには球団名は変わらなかったものの、税務上大きな問題となった事例がある。

そこで今回は、球団売却が税務上問題となったシカゴ・カブスの事案について紹介する。

▶シカゴ・カブス事案の概要

前提となる事実

シカゴの名門企業で1847年創設のシカゴ・トリビューン紙の発行体でもあるトリビューン社(以下単にT社という)は、当時、危機的状況にあった同社は、このような財政状態を解決するため、傘下にあった大リーグ球団シカゴ・カブス及びそれに付随する球場及び関連設備等の売却を検討し、2000年ごろからJPモルガンをアドバイザーに起用のうえ複数の相手先と接触を行っていた(注)。

(注)シカゴ・カブスは、T社が1981年に当時同球団のオーナーだったチューインガムで有名なワグレー家から2110万ドル(他に球場60万ドル)で購入したものだった。

それらの相手先のなかから、T社は、トロントの実業家であるRicketts家(以下単にR家という。)を最終的な売却先として、選定した。

この取引の交渉中、T社及びその子会社の一部が連邦法第11章(chapter11)に基づく破産申請をしていたことから、2009年8月に実質合意していた契約について、破産裁判所の同意が必要となった。2009年9月、裁判所がこの契約について同意を与えたことから、取引は有効に成立した。

ちなみに、契約の内容は、「T社がR家との間でシカゴ・カブス球団の売却に合意」し、その第一歩として、「両者で球団持株会社(Chicago Baseball Holdings LLC:以下単にCBH社という)を設立」し、「T社は、シカゴ・カブス球団及びそれに関連する施設(7.7億ドルマイナス債務3500万ドル)を現物出資」し、「R家側は現金1.5億ドルを出資する」というものであった。

なお、CBH社に追加の資金需要が生じたときはR家が追加で資金を供給する旨の契約もなされていた(注)。

(注)このような形で取引が行われたのは、これらの取引には、「大リーグ機構(MLB)」の承認が必要とされていたためである。

また、CBH社の取締役(最大20人)のうちR家は19人まで、T社側は1人を任命できるとされていた。

▶税務との関係

その後、CBH社はT社に対し、同社の持分のうち、7.04億ドルを特別分配の形で払い戻した(注)。

(注)その結果、CBH社の持分割合は87.7%強、T社の持分割合は12.3%弱となった。

そのための資金として、CBH社は、第三者から4.25億ドルの借入れを行い、それをT社への特別分配資金に充てるという目的限定型の借入れ(シニア債発行)を行った。これにあわせてCBH社は2.5億ドルの「優先債務担保付債権(Senior dabt secured note)」を発行し、これを第三者に売却した(ちなみに、その償還は、2018年、20年、22年の3回となっていた。)。

それらに加え、CBH社は、追加の資金需要に備えるため、2.5億ドル相当の「劣後債(Sub debt)」も発行した。その引受先は、形式的にはMMR Financeとなっていたものの、実質的な引受先はR家のファイナンス会社(RACファイナンス)だった(注)。

なお、これらの債権のいずれについても、T社の保証(guarantees)が付されていた。

(注)劣後債は、優先債務(シニア債)の全額支払が完了した後に初めて支払われるという内容のものである。

▶裁判所(租税裁判所)の判断

本件事案を審理した租税裁判所は、T. C. Memo 2021-122で、T社によるCBH社(LLC)への現物出資及び現金による同社からの払戻しは、同社が発行した劣後債の資金の出し手が当該LLC出資の相手方たるR家(又はその一族)だったので、売却益計上の先送りは認められないとしたIRS側の課税処分及びT社に対するペナルティ賦課を認める判決を下している。

▶あとがき

このような危機的状況はあったものの、シカゴ・カブスという球団自体は存続し、現在もニューヨーク・ヤンキース、ボストン・レッドソックス等と並ぶ地元の名門球団として多くのファンから愛されている(注)。

(注)なお、球団名は変わっているものの、ドジャース、ジャイアンツなどは本拠地を他に移転している。