※ 記事の内容は発行日時点の情報に基づくものです

[全文公開] アングル 米国、移転価格課税を強化!

 税理士 川田 剛

( 107頁)

▶はじめに

近年、IRSでは多国籍企業に対する移転価格課税を強化してきている。

それに伴い、訴訟件数も増加の傾向にある。

なかには、納税者との間で合意した「事前価格合意(APA)」事案についても、その後の状況等をみていったん成立していたAPA自体を無効とし、改めて課税し直すというような事例も出ている。

そこで、今回はそれらのうち代表的ないくつかの事例について紹介する。

(注)なお、それらの事例のなかには、現在も訴訟係属中のものがあるが、本稿ではあくまで本報告時点でのものであり、その後変更になっている可能性もあるので念のため。

▶事例その1...コカコーラ事案

この事案では過去の調査において納税者と当局との間で合意したALP(独立企業間価格)の算定方法について、納税者がその後も合意内容と同じALP算定方式によって申告していたのに対し、IRSが当該合意はあくまで個別ケースの解決のためのものであり、かつ、その合意から10年以上も経過し、状況が変わっているとして別の算定方式による課税を行ったことから争いとなった。

ちなみに、前回の調査時において合意したALP算定方式は米国親会社が海外の子会社等(7社)から売上高の10%に相当するロイヤリティを徴収するとともに、残りの利益を親子間で折半する(50対50)というものであった。

この合意をみたのは1996年のことであるが、会社側はそこでなされた合意に基づき10年以上にわたって同じ算定方法による申告をしてきた。

それに対し、IRSは2015年になって2007年~2009年分の申告分につき、海外子会社等(7社)の果たしている機能は実質的な下請業者にすぎず、グループ所得の大部分は米国親会社に帰属させるべきだとしてCPM法により約90億ドル(予定額ベースで33億ドル:約4000億円)にのぼる更正処分を行ったことから、会社側が同処分の取消しを求めて租税裁判所に訴えを提起した。

租税裁判所ではIRSが勝訴したものの、納税者側は租税裁判所のこの判断は誤りであるとして控訴するとともに租税裁判所に対しても全判事参加による審査を求めている。

▶事例その2...Eaton事案

2番目の事案は、総合電気メーカーEaton社に関するものである。

同社はプエルトリコとドミニカ所在の子会社との間の取引につき、IRSとの間で、2件のユニAPAで合意した。

(注)APAⅠ=2001年~2005年

APAⅡ=2006年~2010年

合意の内容は、ALPの算定方法としてCUP法を用いるということであったが、審査の過程でIRSの担当官のなかには「比較利益法(CPM)」によるべきではないかと主張する者もいた。

APA成立後、Eaton社は合意内容のうちいくつかの項目について合意内容を変更していたが、それらのなかには納税者に有利に働く部分もあったし、不利に働く部分もあった。

2011年に至り、IRSは会社側がAPAの合意内容に従っていなかったとして過去にさかのぼってAPAをキャンセルするとともに、APA交渉時にIRSの担当官の一部が主張していたCPM法に基づき総額3億ドル余の更正処分行ったことから、Eaton社側がいったん成立していたAPAを過年度にさかのぼってキャンセルすることは契約法違反であるとして租税裁判所に更正処分の取消しを求めて出訴したが、租税裁判所は、IRSによるAPAのキャンセルはIRSによる裁量権の濫用にあたるとして会社側の訴えを認め、IRSに対し、課税処分の取消しを命じた。この判決を不服とするIRS側が控訴(会社側も、本件はIRSによる裁量権の濫用ではなく契約法違反であるとして反訴)。

控訴審では、会社側の主張(APAは契約法の適用対象であり、キャンセルするには(会社側が)契約に従っていなかった旨の立証責任をIRSが負うとする主張)を受け入れている。

▶事例その3...Facebook

事例1、2と異なり、本件は納税者とIRSとの間で取引価格の算定方法等について合意等をしていたという事案ではない。

問題となったのは、米国親会社とアイルランド子会社との間で2010年に行われた知的財産をめぐる取引である。

IRSは、米国親会社による知的財産の譲渡が安すぎたとして2015年に約90億ドルにのぼる課税を行った。

この処分を不服とする納税者側が租税裁判所に訴えを提起した。

租税裁判所では、IRS側の主張(申立却下)が認められたものの納税者側が同裁判所に再審査の申立てを行ったことから、現在租税裁判所において審査中である。