※ 記事の内容は発行日時点の情報に基づくものです

[全文公開] アングル 日本の出国税と米国の国籍離脱税

 税理士 川田 剛

( 102頁)

▶はじめに

長かったコロナ禍もようやく出口を迎えてきつつある。それに伴い、わが国を訪問する外国人客の数も、大幅に増加してきている。

そのような状況の下、いったん止まっていた富裕層による国外移住や、反対に米国に居住し、永住権(グリーン・カード)を得ていた日本人の帰国の動きもみられる

そこで今回は、両国間の移住等に伴う税制(わが国の出国税と米国の国籍離脱税)の話をしてみたい。

▶わが国の出国税

わが国の富裕層が、相続税のがれ等の目的でシンガポールやニュージーランドなどに国外移住をするという行為については、平成20年代初期ごろから問題視されるようになっていた。

このような事態に対処するため、平成27年(2015年)の税制改正で、国外移住時に1億円以上の有価証券等を有する者(及び外国人であっても出国直前の10年以内に5年超居住者であった者)に対し、出国時点でそれらの有価証券等の譲渡があったものとみなして課税する制度(国外転出時の譲渡所得等の課税の特例)いわゆる「出国税」制度が創設された( 所法60の2 ①) (注)

(注)ちなみに、これと同様の制度は、ドイツ(1972年導入)、フランス(2001年導入)、カナダ(1972年導入)などでも設けられている。

なお、イギリスでも同様の制度(1998年創設)が設けられているが、同国では、出国時ではなく帰国時にこの種の課税を行うこととされている。

また、この課税特例に伴う負担軽減策として、同特例適用に該当する者であっても、国外転出年分の確定申告書を提出するとともに、そのなかで、納税猶予の適用を受ける旨の記載がなされている場合には、担保提供を条件に例外として5年間の納税猶予が認められている (注)

(注)この期限は、さらに5年間の延長が認められている( 所法137条の2 ①)。

なお、納税猶予期間中は猶予分につき利子税の負担が求められている。

▶米国の国籍離脱税

わが国の場合と異なり、米国の所得税制や遺産税の分野においては、国籍をベースにした課税システムが採用されている。

その結果、米国籍を有している者(いわゆる米国市民)は、世界中どこに住んでいようと、基本的に米国で所得税(又は遺産税)を申告、納税する義務を負っている (注)

(注)ただし、国外居住の米国人であっても、一定の所得金額(日本円で1500万円程度)以下であれば、所得税の納税は免除されている(いわゆるbona-fide resident制度)。

そして、外国人であっても、米国で永住権を有している者(いわゆるグリーン・カード保有者)は米国市民と同様の義務を負うこととされている。

その結果、米国籍を放棄する米国市民だけでなく、日本人であっても永住権を放棄して日本に戻ることにした場合には、いわゆる国籍離脱税(Expatriation Tax)の納付が必要となってくる(内国歳入法第7401条(b))。

ちなみに、この税の納税義務を負うこととされているのは、次のいずれかに該当する者である(同法第877条A)。

① 国外転出日又は米国居住期間終了日までの5年間における年間の平均所得税額が2017年=16.2万ドル、2018年=16.5万ドル、2019年=16.8万ドル、2020年=17.1万ドル(以後の年分についてはインフレ率で調整)を超えていること

② 国外転出者の米国居住終了の時点における純資産保有額が200万ドル(約2.7億円)以上であること

③ それらの内容につき、様式8854により過去5年間の全ての年分をIRSに申告していること (注)

(注)詳細については、IRSの様式8854に関する説明書を参照されたい。

▶あとがき

たまたま、何人かの方から質問をいただいたので、念のため国籍離脱税の概略について紹介させていただいた次第である。

(参考)諸外国における出国に係る譲渡所得課税の特例の概要(未定稿)

アメリカ

ドイツ

フランス

カナダ

イギリス (注3)

導入年度

2008年 (注1)

1972年

2011年 (注2)

1972年

1998年

対象者

国籍離脱者・永住権放棄者

国外に移住し非居住者となる者

国外に移住し非居住者となる者

国外に移住し非居住者となる者

一時的非居住者

〔出国から5年以内に帰国した者〕

課税時期

国籍離脱・永住権放棄時

出国時

出国時

出国時

帰国時

課税対象

国籍離脱・永住権放棄時に有する資産一般の未実現のキャピタルゲイン

出国時に有する株式の未実現のキャピタルゲイン

出国時に有する金融資産の未実現のキャピタルゲイン

出国時に有する資産一般の未実現のキャピタゲイン

出国時に有する資産一般の、出国期間中に実現したキャピタルゲイン

資産要件

純資産200万ドル以上

1社について1%を超える株式

80万ユーロ超の金融資産又は1社について50%を超える株式

--

--

(注1)アメリカは、1967年より国籍離脱者・永住権放棄者に対して、国籍離脱・永住権放棄後10年間、米国源泉所得に対し、引き続き国籍・永住権を保持していた場合と同様の課税を行うという特例制度を有していたが、2008年より、資産一般を対象として、国籍離脱・永住権放棄の時点で、未実現のキャピタルゲインに対し譲渡所得課税を行うという現行の制度に変更した。

(注2)フランスは、1999年にも同様の趣旨の制度を導入したが、EU域内の人の移動を制限する措置であるとの理由から、2004年に欧州司法裁判所の判決により一旦制度を廃止。その上で、含み益が実現するまで納税猶予を認めることとして、2011年より再導入した。

(注3)イギリスは、国外に移住し一時的に非居住者となった後、5年以内に再び帰国した者を対象に、出国中に生じたキャピタルゲインについて、帰国時に発生したものとみなして、帰国時に譲渡所得課税を行う。

資料出所:税調(H26.11.17)資料