[全文公開] アングル 現行税制・税務行政の影の立役者
税理士 川田 剛
▶はじめに
先日、地下書庫の整理をしていたら面白いものに出くわした。
文民(現職のIRS職員)でありながら、占領軍総司令部(GHQ)付として来日し、マッカーサー元帥の下で戦後のわが国の税制及び税務行政に多大な影響を及ぼしたハロルド・モス(H. Moss)氏へのインタビュー報告(1973年6月21日付)及びそれに関連する一連の資料である (注) 。
(注)インタビュー自体は米国で行われたものであり英文となっているが、それから40年経過した平成3年6月訪日時における日本租税研究協会における同協会幹部及び金子宏教授(当時)等との懇談会でも同様の趣旨が述べられている。本稿ではそれらを参考にした。
▶マッカーサー元帥との出会い
H. モス氏がどうして日本の税制・税務行政改革に関係するようになったのかについて同氏は、マッカーサーGHQ総司令官との個人的つながりをあげている。
軍関係の大学(軍産業大学院)卒業生ということもあって、同氏は、もともと軍とは縁が深かった。そのうえ、IRSの初代マニラ事務所長としてマニラに赴任、当時フィリピン米派遣軍の司令官をしていたマッカーサー将軍の知遇を得、同地で4年間駐在していた。その間、同将軍に何回も面会し、親しくなったようである。
その後、IRSに戻る途中、ハワイに立ち寄り、同地を離れた翌日に太平洋戦争が開始、帰国後には海軍パイロットとして太平洋戦争にも従軍した。
大戦後の1947年10月、IRSに復職、同氏は、朝鮮軍の依頼で同地の税務アドバイザーとして再度赴任することとなった。その途上、当時GHQの総司令官となっていた旧知のマッカーサー元帥にあいさつのため東京の司令部に立ち寄った。その際、赴任理由を聞かれ、同国の税制及び税務行政立直しのためだと答えたところ、日本にも来るようにいわれた (注) 。
(注)ちなみに、同元帥はモス氏との面会直後、財務長官あてにモス氏のGHQへ派遣を要請する文書を出している。この要請に応え、同氏は翌年7月文官のまま、GHQに着任している。着任時に同氏は、マッカーサー元帥に「自分は民間人であり、軍の中には上司も沢山いるので自分の考えが直接貴方に届くか心許ない。」と述べた。しかし、同元帥から「上司を通さず直接自分に言ってくるように。」との指示を受けたとのことである。
▶シャウプ博士との面会
このような形でGHQ司令部に勤務することとなったモス氏は、マッカーサー元帥あてに「来日直後ではあるが、8月ごろに米国に出張し、著名な財政学者や連邦・地方(州・市)の税務行政の専門家を日本に招きアドバイスを求めたい。」と申し出た。
この案が了承され、モス氏はアメリカの有名な大学でインタビュー等を行った。その際、どの学者も、コロンビア大学のC.S.シャウプ博士が適任だとの意見だった。そこで(1948年)10月に同博士に会い、訪日と(使節団の)団長への就任を要請した。
同博士からの条件は「いかなる報告書を作成しても、必ずそれを公表すること。」というものであった。
そこで同博士の示された条件を受け入れるとともに、他のメンバーの人選等についても、実務家の一部を除き同博士に一任した (注) 。
(注)実務家メンバーについてはモス氏が独自に選定。
なぜそのようなことを思いついたのか。それは当時(1948年)財源確保を最優先事項としていたGHQ民政部(実質的には米第8軍)が、各税務署に対し、徴税目標額を示すとともに、それを達成できない署に対し、督励(いわゆる尻たたき)をし、滞納者名を町の中心部に公示、場合によっては税務署の徴収職員とともに納税者宅に直接乗り込むというようなことを行っていたためである (注) 。
(注)その結果、ちまたでは反税闘争が多発していた。ちなみに、このようなやり方に反対した前尾主税局長(当時)は、造幣局長に左遷されている。
このような状況を打破するため、モス氏は、納税者と納税当局の間の信頼回復が不可欠であると考え、その旨をマッカーサー元帥あてに提案の形で直訴したとのことである。
ちなみに、その時におけるモス氏の提案の内容は大略次のようなものであった。
『H.モス氏による日本の税制及び税務行政に関する改正試案』
(1948年12月13日付のGHQ提出資料より抜すい)
A.税制について...次期国会に向けての短期的視点
1.脱税者及び税務職員の非行(Corruption)を規制するためのより効果的な罰則規定(effective penalty provisions)の創設
2.国内及び外国からのプライベートな投資を促進するため、現行税制における非公正な規定を廃止(rewove existing inequities)すること
3.現行税法における土地及び建物に対する低負担を改め、それらの生産性を最大限に高めることができる水準まで税負担を引き上げること
B.税務行政について
1.国税サービスの組織を全国一律に中央集権の形で、コントロールできるように再編成する(Reorganization of national tax Service into one continually Controlled)とともに、それらの組織に第一線の執行を直接管理する責任を負わせるようにすること。
その機能を有効に果たさせるため、利用可能なベストの人材を充てること。特に大口滞納(large tax delinquency)及び脱税取締に従事する人員の充実を図ること。
これらの組織の再編は、現行の租税徴収強化キャンペーンを阻害することなく、可及的すみやかに実施すべきこと。
2.占領軍(第8軍)による日本の税務行政への監視強化は、日本の税務行政執行能力の向上等に応じ相当程度にまで減少すべきこと。このことは最優先事項とされるべきものであること。
3.税務サービスに有能な人材を引き付けることができるようにするため(in order to attract Capable Personnel to the tax service)、租税徴収、調査等に従事する者に仕事の内容に応じ、比較的高い給与(relatively higher Compensation)を支払うことができるようにするとともにメリットシステムを導入すべきこと。
4.非行等が疑われる職員(tax personnel suspected of corruption)を監視するため、本庁(central office)に少人数で構成される機動性の高い部局(川田注:監察官室)を創設すべきこと。
5.税務職員の課税、徴収能力を向上させるため、研修に特化した組織を拡充(川田注:税務講習所、現在の税務大学校)。
6.納税者教育を強化する(aggressive tax payer education)とともに、あらゆるメディアを利用し税務広報を行うべきこと。
C.租税構造...長期的視点
現在計画されている短期的な目標を達成することと並行し、C. シャウプ博士を団長とする税制調査団が翌年(1949年)5月から4カ月の予定で訪日されることとなっている。
調査の目的は次の4点である。
① 全ての歳出を賄うに十分な税収を得ること(maximize revenue to weat avev-all budget requirement)。
② 租税負担の公平化を推進すること(Pronote more equitable distinction of tax burden)
③ 歳入の国・県及び市町村レベルでの再配分を行うこと。(reallocate revenue Sources)
【参考】ハロルド・モス氏と青色申告及びシャウプ勧告との関係
年 月 |
事 項 |
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第2次シャウプ勧告 |