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[全文公開] Topics Plus No.2 税務調査は企業の健康診断です

 税理士 遠藤 克博

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執筆者経歴

東北大学経済学部卒業、1978年 東京国税局入局。1990年 国税庁調査課からロンドン長期出張、1997年~1999年 税務大学校研究部教育官、2000年~2003年 東京国税局調査第一部国際調査課課長補佐、2003年~2006年 税務大学校国際租税セミナー担当教授。2008年 税理士登録、2009年~2020年 青山学院大学大学院国際租税法客員教授、2010年~ 上場企業の社外役員。

主な著書「海外取引の税務Q&A」「税理士のための国際税務の基礎知識」(税務研究会)、「BEPS文書作成マニュアル(共著)」(大蔵財務協会)など著書多数。

国税庁「法人税等の調査事績の概要」を俯瞰する

今回は、国税庁が発表する報道発表記事をのぞいてみます。国税庁は、毎年12月ごろに、前事務年度の税務調査事績の概要を「報道発表資料」としてHPに公表します。昨年度の見出しは、「新型コロナウイルスの影響を受けつつも、調査件数、申告漏れ所得金額、追徴税額が増加・悪質な納税者には厳正な調査を実施する一方で、その他の納税者には簡易な接触を実施」でした。

税務調査は、言わば企業活動の健康診断とみることもできます。医師の視点と、患者の視点から、税務調査を考えてみます。

企業やお役所といった大きな組織に勤務していると、社員等の健康管理を目的に、定期的に健康診断の機会を作ってくれます。視力、聴力、心電図、胃や肺のレントゲン検査など、若いころは「早く終わらないかな...」という気持ちで順番が来るのを待っていましたが、40代以降でしょうか、「前回は胃の精密だったな...」などと、不安を抱きながら列に並んでいます。昭和世代の働き盛りは夜のお付き合いもよくて、どこかに健康上の不安要因を抱えているのです。

企業経営はというと、高度経済成長期を経て、優秀な人材、働き手の採用に苦労する時期が続きました。企業活動のニーズに合った優秀な人材を採用し、即戦力となるように効果的な研修、教育を行って、効率的な事業運営の担い手を継続的に供給することは、企業行動の基本である利潤の極大化、社会的貢献のために、不可欠な要因であるといえます。

●企業の健康診断パート1

企業が健全に運営されているか否かをチェックする手続きというと、何を思い浮べますか?

会社の組織内を見てみると、「監査役」という役員ポストがあります。筆者が大学の授業で監査論を勉強していた時代、講師の教授(たしか神戸大学の教授で本を何冊も出しておられる方でした)が、「企業の功労者の上りポスト化していますが、本来は...」と説明されていました。

1970年代までは、会社の役員が、他の役員のやっていることを検査するというシステムを現実に実行する段階にはなかったのです。取締役は、所掌する業務の執行状況を管理、監督する役割ですが、他の取締役の業務執行も監視する位置づけでした。監査役は、内部監査室や会計監査人の監査報告を聴取して、間接的に監査手続きの有効性を確認していたものと思われます。

現在はというと、筆者も経験がありますが、内部監査室、会計監査人と連携して、監査役独自の監査手続きも実施して、監査対象に対して厳しい指摘を行っています。近代的な企業の姿である「出資と経営の分離」が現実の姿となってきていることを感じます。

●企業の健康診断パート2

また、金融商品取引法、会社法に規定する大規模な法人に対しては、会計監査人による監査が行われます。会計監査人は、広範な専門知識と豊かな経験を備えた極めて優秀な専門家である公認会計士が主として担います。資本主義の市場を支える企業情報の適正性、合法性を担保する重要な手続きと位置付けられています。

●企業の健康診断パート3

確定した決算に基づき計算された法人税額が法令に従って納税されているか否かを検査するのは、国税局(税務署)の調査官です。税額計算の前提となる決算書を理解するためには、簿記、会計の知識が必要であり、法人税、所得税といった関連する税法を理解していなければなりません。課税の公平を納税者が実感することで、市民が選択した税制への信頼が確保され、自ら申告し、納税する極めて近代的な納税システムが維持されていきます。

税務調査における調査官の視点と企業の対応

この辺で、本稿のメインテーマである税務調査に焦点を当てて、オフェンスの視点を参考に効果的なディフェンスについて考えてみたいと思います。

●オフェンス側もディフェンス側も"人"に注目

企業の顧問税理士である私は、税務調査の事前通知があると、必ず次のような資料を作成し、経理責任者の方と共有するようにしています。調査担当官の略歴情報です。

氏名 令和5 令和4 令和3 令和2 令和1
×××× 調一特官 ×署法副署長 ×署法副署長 調一国際補佐 調一国際補佐
△△△△ 調一総括主査 調一総括主査 課二料3主査 課二料3主査 △署4統括
〇〇〇〇 調一主査 調三32主査 調32調査官 調一特官付官 調一特官付官

※(所属部)(部門等)(官職名)を略したものです。

この表を見ると、各担当官がどのような勤務経験を経て現在に至ったかが分かります。経歴のポスト経験は、各職員の能力と適性を示した足跡と理解できます。

オフェンスサイドが組織力でチームの能力の最大化を図る以上、ディフェンスサイドも調査担当官に張り付けるべき、最適の人材を配置すべきです。税務調査は、将棋や囲碁に似て、先を読む戦いです。不意打ちに対して、人間は無防備な面をさらけ出すことがあります。敵将の首を取る戦い方か、自陣を反目でも多く取る戦い方か、事前の戦力立案により調査対応が違ってきます。

●調査手順と進め方

国税局が所管する大規模法人の調査では、配置される調査官の人数は複数であり、調査日数は1週間とか3か月に及びます。調査官は、次のような手順で、調査を進めます。

①「事業内容の把握」

②「各事業分野の責任者の把握」

③「帳簿組織、会計処理」

④「お金、資料、情報の管理、保管」

⑤「税務調整の内容」

仕事柄、公認会計士の方、内部監査室の方、監査役の方とお話をする機会が多いのですが、三様監査は、それぞれ異なる見方と重点で手続きが進められ、財務諸表の適正性、合法性が担保されます。

一方、税務については、社内の検証作業と税務調査が申告所得金額の合法性の確認プロセスのメインです。税務調査の事前連絡があると、経理部署にはいうに言われぬ緊張感が漂いますが、顧問税理士としては、「会社の健康診断ですから、うまく活用しましょう。」と申し上げることにしています。税務調査を受けた経験がある社員の方が少ない企業においては、税理士を調査官に見立てた主要項目について模擬税務調査をやりましょうと提案しています。取引の事実、事実を証明する資料、事実関係の税法への当てはめにより、法令に準拠しているか反しているかが判断されます。財務分析により変動が大きい勘定科目、非経常的な発生態様を示す勘定科目等をピックアップして、会計処理の根拠となった資料、情報、証憑の確認を行い、不足がある項目については、当局が受け入れられるレベルまで、事前に説明資料を整えることで、調査対応が円滑に進行した経験があります(もちろん、否認されてもやむを得ないな...というケースもあります)。

●調査における重要な視点

どのような「取引」に調査官が着目するかが重要ですが、第一の視点は、 財務分析情報 です。課税所得を構成する収益、費用、損失等を財務諸表等から読み取るわけです。

もう一つの視点は、 資料情報 です。金融機関等から提出される情報、取引先の調査で入手した情報、マスコミ等から入手した情報など、国税の資料情報部署は、情報の宝庫です。

企業サイドでは、税務当局がどのような取引資料を携行しているかは、予測がつきません。金融機関や取引先関連の情報は、当局が入手可能であるという点を念頭に置いておくとよいでしょう。

●税務コンプライアンスの維持向上

財務部、経理部に十分な人員が配置されている企業では、一度税務調査で指摘を受けた否認事項は、次の調査では指摘を受けない対応が図られているようです。

一方、人事異動が多い企業や、急成長したために、税務スタッフの人数が足りない企業にあっては、同じ否認事項の指摘が繰り返されることもあります。

国内外の一般投資家に事業報告を公開し、新たな投資を呼び込む上場企業にとっては、税務コンプライアンスの維持向上は、企業自体が最低限守るべき矜持であるとともに、投資家が当該企業の健全性を図る一つの判断基準であるといえます。