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[全文公開] Topics Plus No.3 日・欧のA社に対するデジタル課税

 税理士 遠藤 克博

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執筆者経歴

東北大学経済学部卒業、1978年 東京国税局入局。1990年 国税庁調査課からロンドン長期出張、1997年~1999年 税務大学校研究部教育官、2000年~2003年 東京国税局調査第一部国際調査課課長補佐、2003年~2006年 税務大学校国際租税セミナー担当教授。2008年 税理士登録、2009年~2020年 青山学院大学大学院国際租税法客員教授、2010年~ 上場企業の社外役員。

主な著書「海外取引の税務Q&A」「税理士のための国際税務の基礎知識」(税務研究会)、「BEPS文書作成マニュアル(共著)」(大蔵財務協会)など著書多数。

欧州司法裁判所 法務官の見解

2023年6月に、「デジタル課税」に関係する大きな記事が新聞紙上をにぎわせました。「A社への追徴課税、支払不要!欧州司法裁の法務官が見解」という見出しでした。

欧州委員会は、ルクセンブルクに対して、通信販売大手のA社に対して2億5000万ユーロの追徴課税を行うべきであるとする勧告を行いましたが、この措置に対して、「欧州委の判断は誤りであるので、A社には支払い義務がない。」という見解を欧州司法裁判所の法務官が示したものです。ルクセンブルクはA社がEUで稼得した利益の約75%を、非課税の利益(ルクセンブルクでの所得課税の対象とならないという意味と解されます。)としてルクセンブルク外の持株会社に還流する取扱いを認めてきましたが、この利益にルクセンブルクが課税すべきであるという見解を欧州委員会が一旦示し、議論を巻き起こしていたところ、上記法務官は、利益相当額は非課税の国庫補助金に類する所得に当たるという見解を示したものです(利益相当額の国庫補助金が支給されたと同様の取扱いをすると、実質的に所得に対する課税はされないことになります。)。

●日本における課税

思い起こせば、日本においても、2009年に、「(同じ)A社に140億円追徴」というセンセーショナルな新聞の見出しに、経済界が注目したことがありました。そして、2023年11月1日にも、「配信ゲーム30億円申告漏れ」という見出しで、世界的なオンラインゲーム会社が消費税を過少申告していた事実が報道され、新たな税制措置の議論も進んでいるようです。

電子商取引調査からデジタル取引調査へ

2009年7月初めの朝7時15分、いつものように自宅の玄関を出て、庭木が茂る角の住宅の前を過ぎると、地味なジャケットにノーネクタイの愛想のいい青年に声を掛けられました。「局で外国法人を担当されている〇〇さんですか?」と語り掛けてきました。「あー、例の件の取材だな。」と勘が働き、少し警戒する素振りを示しました。(私の席の隣の方の事案であったのですが。)

N紙遊軍記者の彼は、「調査に関することはお聴きしませんので、駅までの5分間だけ、お話しさせてください。」といい、外国法人の課税要件について、素人にでもわかるように解説できるよう、用意してきたいくつかの質問について取材し、帰っていきました。

数日後に、インターネットビジネスで著名な企業(A社日本子会社)が、巨額な課税処分を受けたという記事が、N紙の朝刊の第一面を飾りました。他の新聞各紙も同様の後追い記事を掲載しましたが、N紙以外の記事では、外国法人への課税と内国法人への課税を混同しているものもあり、専門家が読むと首をかしげるところがあったのを覚えています。それだけ外国法人課税制度はなじみの薄い領域だったのです。

●A社日本子会社は手数料収入のみを申告

A社は米国に本社を置くネット通販大手ですが、日本にはその子会社があります。米国本社から手数料を受け取って市場調査するのが事業目的でした。A社が日本市場で販売する商品売上高は、現在では2兆円に上るといわれます。A社は、米国法人本社が直接日本市場において、販売を行っているため、2兆円の売り上げはA社本社に帰属し、日本で申告する必要はないという立場をとっていました。(当時の税法では、外国法人は、日本国内に支店等の拠点がある場合、日本国内で稼得した所得について法人税が課される制度でした。)

私の隣の部門の優秀な調査官は、A社が日本国内で多額な販売実績を残すには、「日本子会社のサポートが大きく貢献しているのではないか!」、また、「物流拠点はどのようになっているのか?」といった問題意識を持って、税務調査に着手しました。地道な足を使う事実確認が進むと、国内に相当規模の配送センターがあり、A社本社からの指揮命令のもとで事業運営がされている事実が判明しました。(これは課税庁サイドの見方で、納税者は違う認識でした。)

●調査官の機転でPE認定課税調査に移行

課税処分の内容は公表されていないため、新聞報道等から推測する以外に方法はありませんが、A社のPermanent Establishment(恒久的施設)が、その物流拠点であり、当該拠点が稼ぎ出した日本の国内源泉所得が相当額に上ったと思われます。A社日本子会社は、その事業内容は日本の市場調査等であり、物品の売買には関与していないと主張しました。一方、当局は、「国内にある物流拠点が、A社(外国法人)本店の日本における契約締結権限のある恒久的施設であり、そこで稼得された所得が数百億円に上るが、同PEは無申告である。」とする認定を行ったのです。

恒久的施設(PE)とは、支店や駐在員事務所、代理人等を指しており、PEに帰属する所得は、日本国の国内源泉所得として、日本で申告、納税しなければなりません。PEは、企業が自ら登記、登録していれば、無申告という状態はあまり発生しません。私が調査を担当していた時期には、外国法人日本支店の件数は数千社を数え、数億円のビジネスを行いながら登記、登録をしていない会社もかなりの件数に上りました。当時の外国法人調査は、申告書が提出された法人の調査と、所得がありながら申告をしていない無申告法人の実態確認調査がかなりあったのです。後者をPE認定課税といいますが、納税義務者として認定するための証拠資料の収集と、事業活動に基づく売上高、経費、そして所得金額を確定する作業は、ちょうど白色申告法人の所得金額を推計する作業に類似しており、取引規模が大きいだけ、読者の皆さんが想像する通り大変手間がかかるものでした。

外国法人の調査には内国法人の調査と比較して困難性がある

まず、帳簿書類や契約書、インボイス等が英語やその他の外国語で記載されています。重要な文書に関して日本語訳を求めることもありますが、担当部署には、英語の文書に対応可能な職員が配置されています。また、収益、費用の決済に外国為替が関係するケースが多く、国際金融取引を理解している必要があります。

そして、肝心なことは、外国法人の所得計算規定を理解しなければ仕事にならないのです。

●日本国内源泉所得の見極め

外国に所在する本店に計上される収益と費用、損失等のうち、どの部分が日本の国内源泉所得を構成するのかを見極めなければなりません。調査対象法人は、外国法人本店で計上された経費のうちその支出内容を検討して日本PEの収益に対応する経費を「本店配賦経費」として独自の判断で配賦してきますので、その妥当性を検討する必要があります。決済は外貨で行われるケースが多いので、外貨建て取引、債権、債務の円換算が必要です。我が国の高度成長期の例のように、経済発展途上の国においては、日本企業に対してのPE認定課税リスクが高まっているのかもしれません。

●デジタル課税制度の構築は進行形

当時、A社が行っていた電子商取引は、書籍や衣料品など、目で見ることができ、手で触ることができる商品の売買でした。これから制度化されるデジタル課税の対象取引は、取引される商品やサービスが、電子情報としてネット上でやり取りされ、代金決済も電子マネーなどが活用されネット上で行われることになります。企業にとっては、取引の存在、モノやサービスの価値評価、資金決済の事実確認といった従来行ってきた作業をどのように行っていくかという課題もあります。

それは、とりもなおさず、課税の公平と国益を守る国税当局にとっての課題でもあるのです。

<参考論文>
税大論叢掲載論文でデジタル課税に関連する内容の論文を抽出しました。
令和4年6月 消費税の申告手続のデジタル化に関する一考察 」 佐藤智裕氏
令和2年6月 暗号資産(仮想通貨)に係る取引から生ずる所得の国内源泉所得への該当性についての考察 」 林 賢輔氏
平成29年6月 デジタルコンテンツの提供事業等と収益事業の判定について 」 佐々木一憲氏
平成20年6月 40周年記念論文集「 国際課税ルールの安定と変動 --租税条約締結によるロックイン-- 」 増井良啓教授
平成10年6月 電子商取引における国際取引課税上の諸問題 」 山崎 昇氏