[全文公開] アングル 無形資産の評価をめぐる争い
税理士 川田 剛
▶はじめに
適正な時価の算定、なかでも無形資産をめぐる適正時価の算定は、税務において最もむずかしいことのひとつとされている。
「時価」とは、一般的には、「①課税時期において、②それぞれの財産の現況に応じ、③不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」をいうものとされている(例えば、財産評価基本通達1(2))。
いわゆる「公正な市場価格(Fair Market value)」という考え方である。しかし、財産の種類によっては、そもそもそれらの財産に係る取引市場が存在しないようなものもある。
特に「無形資産」、なかでも他に類似のものが存在しない「ユニークな無形資産」の適正な評価をどのように行うべきかは、移転価格税制のみならず、相続税や遺産税の分野においてもしばしば問題となってくる。
今回紹介するのは、死亡時に多額の負債をかかえていた著名なポップス歌手マイケル・ジャクソンの遺産、特にユニークな無形資産をめぐる争いである (注) 。
(注)ちなみに、わが国の場合、特許権、実用新案権、意匠権及び商標権等の評価については、財産評価基本通達において次の評価方法が定められていること(同通達140~148、165、166ほか)もあって、訴訟にまで至った事例はほとんどみられないようである。
▶マイケル・ジャクソン事案の概要
2009年に死亡した世界的に著名なポップス歌手マイケル・ジャクソンは、その浪費癖や児童に対する性的虐待などを含む多くの訴訟案件を抱えていたことなどから、死亡時にはほとんど債務超過状態にあった。
しかし、彼の遺産管理人(兼遺言執行人)は、M・ジャクソンの知名度や人気、及びムーン・ウォークに代表される彼の独自のパフォーマンス、さらには、彼が制作した楽曲等が死亡後も高い人気を保っていたことなども考慮し、次のような内容の遺産税申告を行った(説明簡素化のため100ドル以下は切り捨て)。
それに対し、IRSは、①の無形資産については1億6,130万ドル、②については1億4,263万ドルになるとして更正を行った。さらに、③についてもM・ジャクソンが有していたMigacの権利がもっとあったとして2億629.5万ドルとする追徴課税を行った。この処分を不服とするM・ジャクソン側(具体的には彼の遺産管理人)が同処分の取消しを求めて、租税裁判所に出訴した。
▶租税裁判所の判断...独自に評価
租税裁判所では、納税者側及び課税庁側がそれぞれ依頼した複数の専門家から評定を求めたうえで、いずれの側の主張も採用せず、大略次のような評価になるとする判断を下している(同判決文253頁)。
資産の種類 |
参 考 |
||
納税者の主張 |
IRSの主張 |
||
①M・ジャクソンのイメージ及びそれに類する権利 |
415.3万ドル |
307.8万ドル |
16,130.7万ドル |
②パス・スルー事業体を通じて同人作詞、作曲、振付等に係るソニー・ミュージックの出版持分等 |
10,731.3万ドル |
226.7万ドル |
11,426.3万ドル |
③同人が生前にパス・スルー事業体を通じソニー・ミュージックに販売していた②に類似する権利 |
0 |
0 |
20,629.5万ドル |
▶あとがき
本件で直接の争点になったのは、これらの無形資産を有していたパス・スルー事業体の持分の評価であるが、その算定の前提となっているのは肖像権やムーンウォークに代表される独特の無形資産と肖像権等を中心とした無形資産の評価である。
このようなユニークな無形資産の評価は、移転価格税制のみならず、相続税や遺産税の分野でも問題となってきつつある。なお、主たる争点となってはいないが、本件ではこれらの資産をパス・スルー事業体を通じて有していたことから無形資産価値の算定にあたり法人税相当分を控除すべきか否かについても問題となっている(約300万ドル相当)が、租税裁判所では控除不可としている。
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