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[全文公開] チャレンジ!移転価格税制 [第100回] 移転価格を考える際に見落としがちなこと 2

DLA Piper(ディーエルエイ・パイパー東京パートナーシップ外国法共同事業法律事務所) 税理士・国際税務クリニック院長 山田 晴美

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~チャレンジ!移転価格税制第100回を迎えるにあたって~

月刊国際税務をご覧の皆様、いつも「チャレンジ!移転価格税制」をお読みくださり、ありがとうございます。

2016年4月 にスタートして約9年弱、途中で何度も挫折しそうになりながらも、皆様の温かい励ましによって、何とかここまで続けることができました。

改めて読者の皆様、国際税務研究会の皆様に心より御礼申し上げます。

記事を書くようになったきっかけは、当時勤めていた会社の広告打合せで国際税務研究会を訪れた際、たまたま編集長からお声をかけていただいたことでした。何の心の準備もなく、突然のご依頼でしたので最初は辞退しましたが、1回くらいであればという軽い気持ちでお受けすることにしました。ただ、イラストも自前で用意しなければならず、慣れない原稿に四苦八苦しながら 第1回 目の記事を完成させたので、まさか100回まで続くとは夢にも思っていませんでした。

また、毎月の記事に加えて、書籍「チャレンジ!移転価格税制」も企業の皆様からの多くのリクエストによって実現することができました。常日頃、様々なご意見やご感想、そして記事へのリクエストをくださる皆様のおかげです。心より感謝申し上げます。

*ちなみに、「杏さんは自分をモデルとして可愛く描いてもらっているのではないか」という疑惑がありますが、イラストをお願いした方とはお会いしたことがないため、杏さんと私は何の関係もありません(笑)

これからも、移転価格税制だけでなく、皆様の税務の実務に直接役立つ情報を発信していきたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

部長: 最近、移転価格で課税される企業が増えているから、きちんと対策をしておかないといけないね。

新二: 法人税による課税と比べて桁違いの納税額になるそうですから、心配ですね。

部長: 当社には移転価格に強い人材はいないし、もしかしたら間違った解釈をしているかもしれないから、誤りについては少しずつでも改善していきたいね。

新二: 関連者間取引の考え方については、前回お話しいただきましたが、次はどのような点について解説していただけるのでしょうか。

杏: 以前、部長さんが切出損益を作るかどうか悩んでいらしたと思いますので、それについてお話ししましょうか。

部長: それはありがたいな。調査でも切出損益の提出を要請されたんだけど、作成していなかったから、かなり焦ってしまったんだよ。結局その時には指導事項とされたものの、次回にはきっちり確認すると言われているからね。

新二: 何が何でも次回調査までに作っておかないといけませんが、その前に、そもそもどのようなケースで切出損益が必要なのかを教えていただけませんか?

杏: 承知しました。それではまず (図1) をご覧ください。

(図1)

新二: 取引関係図を見たら、久しぶりに事実関係のまとめを作ってみたくなりましたので、ボクがこちらにまとめてみますね (図2)

(図2)

事実関係
日本の親会社Pは製品Aの製造会社であり、製品Aに関する研究開発も行っている。
海外子会社SはPから使用許諾された製造技術を使って製品Aを製造し販売している。
Sは製品Aの製造の他、製品Bを第三者から購入し、そのまま第三者に販売している。
Sの損益の状況は以下のとおり。
勘定科目 合計 内訳
製品A 製品B
売上 600 300 300
売上原価 420 180 240
売上総利益 180 120 60
一般管理費 130 80 50
営業利益 50 40 10
売上高営業利益率 8.3% 13.3% 3.3%

部長: 海外子会社S社は、親会社P社の製造技術を使って製品Aを製造し、それを第三者に販売しているから製造業の会社ということになるね。一方で、S社は第三者から製品Bを仕入れてそのまま別の第三者に販売するという業務も行っているから、その部分は卸売業ということになるんだね。

新二: 業種の切り口でみると、確かにS社の行っている事業は、その2種類になりますね。ただ、そもそも製品Bに、日本親会社はまったく関与していないようなので、関係会社間取引にならないような気がするのですが。

部長: ということは、移転価格の観点からの検討が不要になるよね。

新二: あっ、わかった!だから製品Aの部分を切り出して、そこだけを移転価格の観点から検討をする必要があるということではないでしょうか。

杏: おっしゃるとおりです。これは切出損益を作成しなければいけない典型的なケースですね。

部長: 切り出した結果を見ると、会社全体としては営業利益率が8%程度だから問題なさそうだけど、製品Aだけを切り取ってみると13.3%と、かなり高くなっているから、移転価格調査では問題視されそうだな。

杏: このように、会社全体でみた営業利益率と、切り出した営業利益率が大きく乖離しているケースも多く、切出損益を作成しないと見えてこないリスクがあることがおわかりいただけたと思います。

部長: 今回は製品Aと製品Bの売上が同じくらいなので切り出しが必要だけど、どちらかの売上が僅少だったら、切り出さなくてもいいと聞いたことがあるけど。

新二: どれくらいまでだったら切り出さなくてもいいという基準のようなものはあるのでしょうか。

杏: そうですね。確たる決まりはありませんが、規模の小さい方の事業の売上が全体売上のおおよそ10%程度であれば、切り出さなくても問題ないと思います。

部長: 確かにそれくらいの割合であれば、たとえ移転価格の検討をしたとしてもインパクトは小さいからね。

杏: ではここで次のケースを見てみましょう (図3)

(図3)

新二: またボクが事実関係をまとめてみますね (図4)

(図4)

事実関係
日本の親会社Pは製品Aの製造会社であり、製品Aに関する研究開発も行っている。
Pは製品Aを製造するために必要となる部品も製造している。
海外子会社SはPから購入した製品Aの部品と、使用許諾された製品Aの製造技術を使用して製品Aを製造し、第三者に販売している。

部長: あれっ、先ほどの例のように損益も書いてくれなくちゃ、それぞれの利益率がわからないよ。

新二: それがですね、この例だと親会社Pから技術供与と部品の供給を受けて製造した製品Aを販売しているので、この売上を技術供与部分と部品部分にどのように分けたらいいのかが、わからなかったんですよ。

部長: 確かにそうだね。そもそも分けることなんて、できないのかな。

杏: そのとおりです。技術供与と部品販売については、密接に関連している取引なので、これを切り分けずに一体として検証する必要があるんです。

新二: ということは、このケースでは切出損益を作成しなくていいということですか?

杏: はい、そうですね。営業利益率を見るときには、全体損益で見ていただければいいということになります。

部長: なるほど、そういうことなんだね。

杏: 切出損益が必要な場合と不要な場合を見ていただきましたが、次に切出損益の作成において気を付けなければいけない点についてご説明しますので、こちらをご覧ください (図5)

(図5)

部長: これは海外子会社Sの損益計算書から製品Aに係る損益を切り出そうというものだね。

新二: 色がついている部分は直接費ということでしょうか。

杏: はい、そのとおりです。売上や原価・支払ロイヤリティについては、製品Aに係るものが明確に区分できるため、そのまま切出損益として抜き出しています。

新二: 販管費についても、明らかに製品Aに関係するものを集計して切出しているんですね。

部長: そのあたりは当然のことだからいいとして、やはり共通費の切出しが問題になるということか。

杏: この例では、共通費が販売費及び一般管理費のところに計上されている「10」になるのですが、これをどのように切り出したらいいか、おわかりでしょうか。

部長: 売上高で按分すればいいんじゃないの?

杏: それはなぜでしょうか。

部長: なぜって、だいたいのものは、売上で按分しておけば問題ないんじゃないかな。

新二: 部長、それはまずいですよ。前回の調査でも売上按分しているものについて、疑義を呈されたじゃないですか。

部長: えっ、そうだっけ?

杏: 売上按分がダメだということではないのですが、この販管費が何に一番関連しているのかという観点で按分の指標を決定することが重要です。

部長: でも、他に按分に使える指標なんてあるのかな。

新二: それが(図5)に書かれている販売費按分ですよね。

部長: 販売費で按分だなんて聞いたことがないけどな。

杏: 按分しようとするものの中身によりますが、売上高に連動したり、関係するものであれば売上高按分、販売費に連動したり、関係するものであれば販売費按分にするというのが正解です。

新二: ここでは簡単に10をどちらかの指標で按分した結果を書いていますが、実際にはその中身を見て、売上高按分にするものと販売費按分にするものとで分けてもいいんですよね。

杏: はい、そのとおりです。どちらが正解ということではなく、どのように判断してその指標を使用したかということが大切です。

部長: それにしても、この計算を見ると使う指標によって、結果がだいぶ違ってしまうんだね。

杏: この2つの指標にこだわらず、最もその科目に関連が深い指標が何であるかを考えて、それぞれの科目に適用するようにしてください。

新二: でも科目ひとつひとつについて指標を判定するなんてことになったら、大変な作業になってしまいますよね。

杏: あまり細部にわたって悩む必要はないので、大きな括りで、これは売上高、これは販売費というように決めていただければ大丈夫です。

新二: 良かった、ホッとしました。

杏: 迷うことも多いと思いますが、「会社として、この科目の括りには売上高按分が最適だと判断した」という理由を用意しておけば安心です。

新二: わかりました。頑張ってやってみますね。

部長: ところで、お店の中はすっかりクリスマスの雰囲気だね。

新二: オーナメントも昨年より増えているような気がします。

杏: 実は、アムステルダムからの帰途、ヘルシンキに寄ったのですが、そこでクリスマスグッズをたくさん買ってしまったんです。

新二: ムーミングッズがいくつかあるのは、フィンランドだからなんですね。

部長: 私はこっちのお酒の方が気になるな。

杏: ウォッカですね。あまりに種類がたくさんあったので、つい買いたくなってしまったんです。一番売れていそうなウォッカを買おうとしたら、レジの方に、「これはアルコール度数が50%以上あるし、あなただったら、こっちの方が断然お勧めよ」と渡されたブルーベリーフレーバーのウォッカがこれです。

部長: じゃあ、移転価格の話はこれで終わりとして、少しだけウォッカをいただこうかな。

杏: 現地では、ウォッカと言わずにViinaと呼ぶみたいですね。トナカイの柄のウォッカグラスも買ってありますので、こちらで飲んでみてください。

部長: うわっ、やはり喉が焼けるようだね。

杏: 今日はフィンランドにちなんで、ヨウルトルットゥというパイも焼いてみましたので、スナフキンが飲んでいるものと同じだと勧められたコーヒーと一緒にお出ししますね。

(つづく)

国税専門官18期として国税の職場で27年間勤務し、その後、民間に出て10年、様々な方にご指導、ご鞭撻を賜り、時には励まし、時には支えていただいて、今日に至ります。出会ったすべての方に改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。

そして、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。

DLA Piper(ディーエルエイ・パイパー東京パートナーシップ外国法共同事業法律事務所)

税理士・国際税務クリニック院長 山田晴美

プロフィール:東京国税局において事前確認審査(APA)、TP調査、外国法人調査、金融法人調査、調査部所管一般法人調査、署においては源泉税・消費税・印紙税に特化した調査など調査事務に27年間従事。医薬品・医療機器・金融・損保・建設業を中心とした国際税務調査経験を有する。平成27年1月、国際情報二課国際税務専門官を最後に退官。