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[全文公開] アングル 独自の言語が用いられているタックス・ヘイブン

 税理士 川田 剛

( 104頁)

▶はじめに

タックス・ヘイブンといえば、例えばケイマン諸島やジャージー島などのように、その多くは交通至便なところにあり、かつ、共通言語として英語が用いられているのが通例である。

しかし、なかにはそうでないところもある。

今回紹介するアンドラ公国がその例外、典型例である。

▶アンドラ公国の概要

「アンドラ公国」は、フランスとスペインをへだてるピレネー山脈の谷間にある面積468㎢(東京都23区の約7割)、人口約8万人弱の小さな内陸国である。

正式国名は、カタルーニャ語では、「Co. Principat d’ Andorra」、日本語での正式国名は、「アンドラ公国」である。そして言語としては、カタルーニャ語が用いられている。

アンドラ国内で発掘された遺跡等によれば、同地には紀元前1万年くらい前から定住が行われていたとのことである。

しかし、歴史上その名が出てくるのは、ギリシャ時代のポエニ戦争 (注) において、カルタゴ軍がピレネー山脈を越える際、アンドラの谷に先住民が住んでおり、彼らを「アンドシンス」と呼んだということからきているようである(ギリシアの歴史家ポリュビオスの「歴史」第3巻35章第1節)。

(注)ポエニ戦争(紀元前264年~146年)は、ローマとカルタゴとの間で戦われた長期にわたる戦争で、主な戦いだけでも3回あったとされている。最終的にはローマが勝利したものの、第二次ポエニ戦争では、ハンニバルにより大敗を喫している。ただ、ハンニバル軍は、カルタゴ本国との連絡が十分取れていなかったことから、ローマ軍は大スキピオ(スキピオ・アフリカヌス)に本拠地であるスペインを攻略された。しかし、スキピオのこの攻略にあせった本国政府(アフリカ北部)がハンニバルを本国に召喚、その後、北アフリカのシチリア側にある「ザマの戦い」(紀元前202年)で、ハンニバルはスキピオに敗れ、それまでスペインに有していた利権を完全に放棄するに至っている。

10世紀ごろ、この地に広まっていたカトリック教の司教(スペイン)と同司教から領土としてアンドラを与えられていた地元領主(フランス王より任命)との間で統治権をめぐる争いが発生、1278年には、両者間で「徴税権」、「裁判権」、「徴兵権」等を共有する「対等の宗主契約」が締結された。

(注)共同宗主というこの地位は、地元の領主がフランス王(ブルボン王朝初代のアンリ4世となった後にフランス王)に、その後フランスが共和制に移行した後は、フランス大統領に引き継がれている。

その後、スペイン側のカトリック教会(司教区)とフランス国王による共同主権の下、アンドラの自治権が認められ、1973年には「アンドラ公国」として独立、国連にも加盟している (注)

(注)最近同国の国連大使が某新聞に登場し、同国では、公用語であるカタルーニャ語だけでなく、スペイン語、フランス語、ポルトガル語などが話され、様々な出身地のコミュニティがあるとしたうえで、「多言語で互いに理解が必要である」という話をしている。

▶タックス・ヘイブンとしてのアンドラ

このような歴史的経緯や、内陸国であり、かつ使用言語がカタルーニャ語であるなどという特性は、どこの国が課税するのかという問題や、「公国」といっても自国内に領主がいないため、それらの者の生活維持に要するコストが不要だったことなどもあって、所得税や法人税も存在していなかった。

そのため、同公国は区分上はタックス・ヘイブン国として分類されていた。なお、実際にはスペインやフランスの人達を対象とした酒、タバコ等の免税買上げの利用などが主たる収入源だった。また、同国は、別名「貧乏人の」という限定付きのタックス・ヘイブン国であると考えられてきた (注)

(注)ちなみに、筆者もかつてこの地を訪問したことがあったが、同行したタクシーのドライバーから、「貴方(川田)が有している免税タバコ購入の枠を使用させて欲しい」とのリクエストを受けたことがある。

▶その後のアンドラ(タックス・ヘイブン国からの脱却)

このように、タックス・ヘイブン国としてはユニークなポジションにあったアンドラ公国ではあるが、2012年1月、それまで無税だった法人税及び非居住者に対する個人所得税が導入された。そして、その皮切りとして、2013年1月には、4.5%と低率ではあるものの、VATも課税されるようになった。さらに、2015年1月からは、居住者に対する個人所得税も課されるようになった。

その結果、2018年12月には、EUの経済・財務理事会では、同国をそれまでの「グレー・リスト」(タックス・ヘイブンに属する疑いのある国)から削除している。現在では、同国はタックス・ヘイブンとは考えられていない。