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[全文公開] Topics Plus No.8 国税庁の国際税務専門家育成システムについて

 税理士 遠藤 克博

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執筆者経歴

1978年 東京国税局入局。1990年 国税庁調査課からロンドン長期出張、1997年~1999年 税務大学校研究部教育官、2000年~2003年 東京国税局調査第一部国際調査課課長補佐、2003年~2006年 税務大学校国際租税セミナー担当教授。2008年 税理士登録、2009年~2020年 青山学院大学大学院国際租税法客員教授、2010年~ 電子機器メーカー、電子部品メーカー、外航海運業の社外監査役。

主な著書「海外取引の税務Q&A」「税理士のための国際税務の基礎知識」(税務研究会)、「BEPS文書作成マニュアル(共著)」(大蔵財務協会)など著書多数。

プロとしての専門性を身に付ける

本誌の読者には、税理士、公認会計士などの税務や会計専門家、大学や研究機関等の研究者、教育関係者、学生さんなど、様々な立場の方がおられることと思います。それぞれのお立場や役割によって、求められる情報も異なっているのではないでしょうか。

筆者は、税理士として国際取引を行う企業が国際的な事業展開を行う際の事前や事後の税務相談、決算や税務申告に当たっての疑問点の解決、税務調査対応に当たっての情報の収集と説明内容の助言などを主として行っています。

税務調査を受ける納税者の依頼に基づき、調査対応のサポートを行う職業専門家の方々は、高校、大学での会計学や法律学の学習を土台に、専門学校や企業、会計事務所、政府機関などで専門知識と実務対応能力を身に着けられ、それぞれのフィールドで専門性を発揮されていることと思います。

今回は、我々のカウンターパートである調査官が、どのようなプロセスで国際税務のプロフェッションを身に付けるかに焦点を当てて解説したいと思います。

●税務大学校の研修体系

税務大学校のホ—ムページを開くと、「研修体系」という項目が目につきます。横に「高等学校卒程度採用試験採用者」「大学卒業程度(国税専門官)採用者」「大学卒業程度(国税庁経験者)採用者」の区分があり、縦に「長期研修」「短期研修」「通信研修」の区分が表示されます。

高校卒業程度の研修は、普通科(1年)、中等科(3か月)、本科(1年・受講試験あり)という段階が設けられており、国税専門官採用者の研修には、基礎研修(3か月)、専攻税法研修(2か月)、専科研修(7か月)という段階があります。社会人経験採用者の研修は、社会人基礎研修(3か月)、本科(1年・受講試験あり)となっています。

国際関係の研修は、「長期研修」の中の受講者選抜試験に合格した者が受講できる5か月研修と、通信研修の「国際課税Ⅰ・Ⅱ」があります。長期研修は、国税局や税務署を離れて、和光市にある税務大学校に通い、著名大学から招へいした教授や国税庁内部の実務の専門家を講師に、大学、大学院レベルの授業を受けるものです。

●採用時研修終了時に配置先の事務系統が決まる

採用試験に通った国税職員は、採用直後に、税務大学校で国税職員として必要とされる基本的な知識習得のための研修(前出の基礎研修等)を受講します。その後、配置された税務署等において実務の勉強をし、2、3年後に、専門性の高い長期研修を受講します。採用時研修を修了する時点で、各研修生が配置される事務系統(総務、徴収、消費税、個人所得税、法人税等)が決まります。人事担当部署が、研修成績のバランスを取りつつ、各職員の適性を勘案して配置が決まっているようです。

●社会人として初めての仕事は文書の受付と法人名簿の管理

筆者が採用時研修を終了して配置されたのは、「銀座、赤坂、六本木」と流行歌で歌われた盛り場を管内に持つ税務署の法人税第一部門でした。担当は「税務文書の受付と法人名簿の継続的な管理」で、所管する街で設立された法人、転入・転出した法人、解散・清算結了した法人の管理簿を整理する業務でした。全国の税務署は、各国税局を通じて、各月に新設された法人数等を国税庁に報告します。税務執行の基本情報が時々刻々と収集、管理されているわけです。

若い職員は、これらの部署を経験することで、管轄する地域の納税者の全体像、業種、業態、経営者の傾向などの情報に触れます。税務調査は、納税義務者のごく一部である優先調査対象を選定して実地調査することにより、納税義務者全体の課税の公平、納税道義の維持向上を図ることを目指していますので、税務執行の基本情報に触れることは、後々、大きな財産になってきます。

●「税務調査のいろは」は“on the job training”

入署2年目、法人税調査第4部門に配置され、いよいよ実地の法人税調査を経験しました。最初の調査対象法人は、売上高5億円ほどの貿易会社でした。税務大学校の国際租税セミナーという研修コ—スの前身である国際租税班(極めて少人数の専門家養成研修コース)を終了したバリバリの上席調査官が、指導担当として筆者に同行してくれました。①準備調査、②会社の概況聴取、③帳簿調査、④文書照会、⑤反面調査、⑥否認項目の説明といった調査手続きについて、ポイントを得た指導をしてもらいました。

税理士になって、顧問先企業の税務相談を受けてみると、新たなビジネスモデルに関係する事例や新税制等に関しては、改めて勉強する必要に迫られますが、税務相談の多くは、過去に納税者と当局の間で議論が行われ一定の方向性が出ているものが多いため、過去の税務事例の勉強が非常に役に立ちます。

税理士を開業して15年、書棚を見ると、顧問先から寄せられた相談や税務調査に関する資料がドッチファイルで10冊ほどになりました。一件一件が貴重な「質疑応答事例」です。

税務相談・対応のステップ

筆者は、税務相談が入ると次のようなステップで、相談対応を行います。

①相談に関する事実関係の確認

相談事例の多くは、税務上の複数の要検討事項が絡み合っているケースが多いと感じます。また、関係者間の私見に基づく事実認識の下で検討が重ねられている場合もあります。それを、解きほぐして第三者間の取引に引き直す作業が大切です。

また、国際取引の場合は、契約書、インボイス等が外国語で記載されていることが多いので、法人税法上の解釈に当てはめられるよう日本語に置き換えて、整理する必要があります。

②取引に関する税務上の問題点の特定

税務上の問題点というのは、突き詰めると、税法の第何条に準拠しているか、違法か、という問題です。関係する税法や通達を特定しないと税務上の解決には到達できません。調査担当官と議論するにあたり、戦略的に最も重要なポイントです。

否認の根拠となる条文等の議論が先行する傾向がありますが、問題となっている取引の「事実認定」について共通認識を持つ作業が必要です。

③法令の解釈適用の検討

②の問題に関連する、税務当局から公開された取扱い情報等の確認、関係する法令、通達の解釈に関係する文献、論文、判例等の検討を行います。書籍や判例集は、数年前の事例が多く、取引の形態が目まぐるしく変化する現代では、直近の事例が紹介される「専門誌」に目を通すことが以前にまして重要になっています(本書で報道される最新情報を継続的に抑えることは実務に大いに役立ちます)。

中小企業から大企業に至る国際取引調査

ここで、研修を終えた調査官が担当する調査対象法人について触れておきましょう。

●税務署所管法人の調査

筆者は、神奈川県で2署、東京都で2署の税務署勤務経験があります。当時の税務署の調査担当部門は、特別な調査能力を有する調査官が集まる部門と業種及び地域割りで決められた所管法人を調査する一般部門があり、それぞれの事務計画の下で、調査対象法人が各部門、各調査官に割り振られ実施されていました。

筆者は、国際租税セミナーという研修を受講した後は、主に貿易業を所管する部門で調査事務に従事しました。署の名簿上の業種が貿易業であるといっても、国内取引がメインで輸出、輸入、金融といった海外取引の金額比率は少額である会社も多い状況でした。

●調査部所管法人の調査

資本金の額が1億円以上の大きな企業を所掌する国税局調査部では、主として商社や金融業の一般法人税調査を担当した後に、外国法人調査、主任国際税務専門官という部署で、複雑、困難な国際取引事案の調査を担当しました。

一概に国際取引といっても、経営形態と会計、税務には多様性があります。証憑類、帳簿を取ってみても、外国語で記載されたもの、専門用語の洪水のような文書、agreement, order sheet, invoice, remittance evidence, payment receipt etc. 英語で記載された文書の相関関係を理解するのにかなりの時間を要した記憶があります。

税理士として、足元を見つめてみると、たとえ中国人の方が代表者の顧問先でも、国際取引の資料は英語で記載されていることに気がつきます。国税局で大きな規模の法人の調査を担当したことが大変な力となっています。

●国際金融取引の研修に注力

金融バブル崩壊の時期、不良債権処理で暗躍した外資系投資ファンドの税務調査に力を入れるため、国税局は国際金融取引の研修に力を注ぎました。政府系金融機関のOBの方に講師を依頼して、職員の自主的な勉強会の形をとって、夕刻5時過ぎに2時間ほどの研修を10回に分けて行いました。給与が支給される勤務時間に含まれない勉強会で、内容も銀行員が学ぶ中級程度の専門的なものでしたが、調査で疲れ果てているはずの中堅職員が20名ほど勉強会に集まり、自己研鑽に努めたのです。当時の先輩の皆さんの熱い情熱を肌で感じました。

金融機関の調査で、専門用語もわからず、取引の仕組みも理解できず、結果として「申告是認」を続けていた専門官の悔しさが、勉強会に足を運ばせていたのだと思います(その負の影響は職員の行きつけの居酒屋に及びました。店主が「いつも来ている兄さんが、ここのところ顔見せないな?」とぼやいていました)。

●税理士としての心構え

日本を代表する企業の「実効性のある税務調査」を行うということは、商取引の理解から税務処理に至るまで、当該企業の専門家と同等のレベルの理解力と対応力を持たなければならないということを意味しています。

税理士としても、そのような心構えで臨みたいと自戒したところです。