[全文公開] 書評 『電子商取引・デジタル課税の展開史』(矢内 一好 著)(2025年5月29日発行/中央経済社)
武蔵野大学 髙橋 里枝

トランプ第二次政権において、「報復税(内国歳入法899条項(案))」が打ち出された。これは、本書第III部「OECDによるデジタル課税」につながる。米国のバイデン前政権は最低法人税率を15%とする国際課税ルールに賛成したが、トランプ政権はこの新たな国際課税ルールに反発しその対抗策として「報復税」を検討した。「報復税」とは、その名の通り米国に対して差別的・不公平な税を課す国の企業および個人に対して追加課税するというものである。その後G7の合意により、新たな国際課税ルールから米国企業を排除することとし、米国も報復税を撤回した。現在議論されているデジタル課税の対象となる企業の多くは米国多国籍企業であり、自国第一主義を掲げるトランプ政権においては新たな国際課税ルールは米国の課税権を奪うものとして認められないとする姿勢を示している。
このような最新のトピックも検討するにあたっては、その背景を理解することは重要であろう。本書は、長年にわたり国際税務を中心とした税制を研究してきた著者が、『日本・国際税務発展史』『日本・税務会計形成史』『税務会計基礎概念史』『日本・租税条約発展史』に続き上梓したものである。その豊富な知識と経験が、本書随所にみられる。特に、第IV部「国連国際租税協力枠組み条約の台頭」は、出色の出来である。国際課税分野における情報を歴史的にも網羅的にも収集し研究してきた筆者ならではの視点で、縦断的・横断的に整理され、将来に向けた検討が加えられている。
さて、本書は、そのタイトルにあるとおり、電子商取引とデジタル課税をそれぞれ定義し分けて時系列整理されている。電子商取引について我が国の最近の例では、2026年にむけて約束手形の利用廃止・小切手の電子化が挙げられる。「紙」「手書き」でしか対応できなかった時代から50年足らずで「紙」も「手書き」も無くなるとは誰も予想できなかったであろう。さらに、コンピュータ・インターネットの進化は、ビジネスの主戦場を物の移動からデータ取引へ移行させ、巨大多国籍企業を生み出した。このようなコンピュータ・インターネットの発展をめぐる環境の変化の速さや複雑さに、法規制はその対応に苦慮しながら後追いしている。
本書は、時系列に主要なトピックごとに章立てがなされており、理解しやすい構成となっている。研究者だけでなく、企業や実務家にとっても総覧として必読の書ということができる。ぜひ本書を手元に置いていただきたい。
(評者:武蔵野大学経営学部 会計ガバナンス学科准教授・髙橋里枝)