[全文公開] アングル 関税に続き内国税でも外国企業等に課税強化
税理士 川田 剛
▶はじめに
前回 この欄でも紹介したように、第2次トランプ政権では、発足早々、関税の大幅引き上げ案を打ち出し、大きな波紋を生じているが、それに続き、今回は内国税の分野でも強烈なパンチを繰り出した。
内国歳入法案第899条と称されるものがそれである (注) 。
(注)これ以外に、大統領宣言により当該宣言が行われた課税年度における特定の外国企業や個人に対する特定の税率を2倍にするという案(IRC第891条)も出されているが、紙数の都合上、今回は紹介しない。
そこで、今回は同法案の骨子及びこの法案が成立した場合、わが国の企業や個人投資家に与える影響について紹介する。
▶内国歳入法第899条(法案)
「ひとつの大きな美しい法案(One Big Beautiful Bill Act 2025)」という名を付された内国歳入法第899条法案は、5月22日に下院を通過し、この記事を書いている段階では上院に送付され、そこでの審議を経たうえで、修正点があれば「上下両院協議会(Conference Committee)」での調整等を経て成立する段取りとなっている。
ちなみに、下院を通過した段階では、OECDで議論が進んでいる軽課税所得ルール(UTPR:Under Taxed Profits Rule)への対抗措置や同じくOECD加盟国の一部で導入(ただし実質的には凍結状態)されているデジタル・サービス税(DSTs)への対抗措置とみられる規定が盛り込まれている。
これと同旨の法案は、2023年にも上程されたことがあった(提案者は、Smith議長)。しかし今回はその内容及びターゲットがより明確化されただけでなく、すでに下院を通過し、かつ上院でも共和党が多数(100名中52名)を占めているという状況から、部分的修正はあるにしても成立の可能性はかなり高いのではないかと見込まれている。法案の骨格部分(特に国際課税関連分野で)報復税とも称される今回の法案(IRC第899条)は米国企業などに対する不公平税制を有する国を財務省が「差別的税制国家(Discriminatory Tax State)」として特定し、それらの国の法人、個人、信託、パートナーシップ等が米国で得る所得に対し、毎年5%づつ税率を引き上げていくというものである。
また、これらの者の米国への投資所得に対しても、毎年5%づつ引き上げていくというものである。
なお、課税強化の出発点となる税率は、表面税率ではなく、例えば租税条約の特典を享受している納税者については特典享受後の税率になるとされている (注) 。
(注)ちなみに米国法の下では、フランスやわが国のような「租税条約優先主義」ではなく後日成立した国内法が租税条約をオーバーライドするいわゆる「後法優先主義」が採用されている。
▶今後の成り行き
関税だけでなく、内国税においても、これまでの国際課税の議論を根本から変更するような今回の提案について最終的にどのような部分が成立するのか、また、成立したとしても、それらの適用がいつからになるのかなど今後ともその成行きについて引き続き注目していく必要がある。
なお、日米租税条約では、米国で国内法が改正され、それによって租税条約の内容に変更が生じるような場合には、日本側から協議の要請をすることができることとされている(同条約第29条)。
▶現状
最近のマスコミ報道によればこのような下院案に対し、上院サイドからは次のような修正案が出されているとのことである。
「税率引上げ」…下院案では、対象国からの進出企業(個人を含む)に対する税率を2026年から4年間にわたり毎年5パーセンテージ・ポイント引き上げることとしている。
上院案では適用開始日を2027年に先送りするとともに、その後毎年5パーセンテージ・ポイント引き上げ、最終的な上限を現行より15パーセンテージ・ポイント(下院案では20パーセンテージ・ポイント)にするとしている。
(参考1)米国における租税法の立法過程
(参考2)憲法と租税条約との関係
1.フランス憲法
第53条
平和条約、通商条約、国際組織に関する条約又は協定、国の財政に負担を及ぼす条約又は協定、法律の性格を有する規定に抵触する条約又は協定、人の身分に関する条約又は協定、領土の割譲、交換又は併合に関する条約又は協定は、法律によるほか、これを批准し、又は承認することはできない。
第55条
適法に批准され又は承認された条約又は協定は、他の当事国によるその施行の留保の下に、その公布の時から法律の権威に優先する権威を有する。
宮澤俊義「世界の憲法」岩波文庫258頁
2.米国憲法
第6条2項
この憲法及びこれに準拠して制定される合衆国の法律及び合衆国の権限をもってすでに締結され又は将来締結されるすべての条約は、国の最高の法(the supreme law of the land)である。これによって各州の裁判官は各州憲法又は州法律中に反対の規定ある場合といえども、これに拘束される。
※この規定ぶりからも明らかなように、米国では連邦議会で制定された法律(連邦法)と条約は同一レベルの扱いとなっている(同前、49頁)。
(参考3)日米租税条約
第29条 協議
一方の締約国 が 他方の締約国においてこの条約に関連する法令に実質的な改正が行われたと認める場合 又は行われることとなると認める場合には、 当該一方の締約国 は、 当該改正がこの条約上の特典の均衡に及ぼし得る効果を決定するため 、及び 適当な場合にはこの条約上の特典について適当な均衡に到達するため に この条約の規定を改正する ため、 当該他方の締約国に対し書面により協議の要請 をすることができる。 当該要請を受けた締約国は 、当該要請を受けた日から 三箇月以内 に、 当該要請をした締約国と協議を行う。
※下線部分:筆者強調
▶あとがき
この原稿の校正段階で、この法案が廃案になったとの報道があった。とりあえず一安心といったところである。
しかし、状況次第によっては、今後も同種の法案が、再提出される可能性も皆無ではない。その意味で、念のためあえて紹介することとしたものである。