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[全文公開] Topics Plus No.9 ネット金融取引に追徴課税!

 税理士 遠藤 克博

( 68頁)

執筆者経歴

1978年 東京国税局入局。1990年 国税庁調査課からロンドン長期出張、1997年~1999年 税務大学校研究部教育官、2000年~2003年 東京国税局調査第一部国際調査課課長補佐、2003年~2006年 税務大学校国際租税セミナー担当教授。2008年 税理士登録、2009年~2020年 青山学院大学大学院国際租税法客員教授、2010年~ 電子機器メーカー、電子部品メーカー、外航海運業の社外監査役。

主な著書「海外取引の税務Q&A」「税理士のための国際税務の基礎知識」(税務研究会)、「BEPS文書作成マニュアル(共著)」(大蔵財務協会)など著書多数。

DIGITAL BUSINESSと税務上の留意点

令和7年3月17日、ある全国紙朝刊に、「X系34億円申告漏れ 中国の関連会社の人件費過大計上」(仮称)という見出しで、国税局による調査事案の内容が報道されました。インターネットを利用した金融取引を行う企業グループの税務調査で、企業グループ内取引にメスが入った事例であったため、全国紙の社会面の注目記事になったものです。

今回は、新聞で報道された記事内容について、実務家として読み取るべきポイントを掘り下げて検討したいと思います。

新聞等の報道内容についてですが、国税当局が個別調査事案に関する詳細な情報を開示することは原則ありません。この記事も記者が地道な取材を積み重ねて、事実関係に迫ったものと思われます。したがって、報道された記事内容が正確な課税処分の内容を反映しているとは必ずしも即断できませんが、新聞報道の内容を基に想定される事実関係を分析してみたいと思います。

課税事案に素材を求めて、租税法や税務の執行などの研究を行う方や、国際取引の実務に携わる方には少し参考になるかもしれません。

全国紙が報道した内容と専門家の視点

1.どのような課税事件であったのか?

「ネット金融大手のXホールディングスは、2022年3月期までの3年間に約34億円の申告漏れを指摘された。追徴課税は過少申告加算税を含めて約2億円とみられる。」

2.記事内容から想定される取引事実を整理する

〈取引関係図〉

「システム会社(S社)は、出資先である中国の関連会社から、グループ内のシステムの開発や運用に関連するサービスの提供を受けていた。」

◆事実関係として抑えるべきポイント!

課税関係者 Xホールディングス(内国法人)と国内子会社(S社)です。
課税対象取引 S社は、受注した仕事を中国に所在する会社に 外注 していますが、この取引の価格付けが問題にされたようです。
税務の視点から
抑えるべきポイント
中国の会社は、S社の 関係会社 であるとともに、Xホールディングスの 関係会社 です。
取引内容 取引内容は、グループ内のシステムの開発と運用に関する役務の提供です。 役務提供 の対価の額は関係会社間で決められています。

◆税務上の検討で大切なポイント!

① 国内取引と国際取引の複合する取引です。

どこの国の税法が適用されるのか がポイントです。 居住地国課税 (課税客体がどこの国の居住者であるか)と 源泉地国課税 (課税対象の所得がどこで発生したか)により、どの国の税法が適用され、租税条約が関係するのか決まります。

② 内国法人間の取引と内国法人と国外関連者との取引があります。

第三者間の取引で 適用される税法条文 と、特殊な関係者間の取引について 適用される税法条文 とは違いがあります。

③ 企業グループ内のシステムの開発とシステムの運用に関する役務の提供を行います。

物の売買取引と役務提供取引、無形資産の使用取引では、法人税のほかに、 間接税や源泉所得税 の賦課の有無を検討しなければなりません。

3.当局はどのような課税処分を行ったのか?

「国税局は今回、通常価格(独立企業間価格)で取引したとみなして利益を計算し直す『移転価格税制』を適用。Xホールディングスが、子会社の損益を通算し親会社が納税する連結納税制度の適用を受けていたため、親会社であるXホールディングスに追徴課税した。」

◆取引事実に適用される法令の整理!

『移転価格税制』の
適用
S社と中国関係会社との取引は国外関連取引であるため、調査官は検証すべき取引について独立企業間価格を算定し、実際の取引価格との差額を更正処分しました(移転価格は「価格」自体の検討を行うケースもあれば、「利益率」に引き直して検討することもあり、また場合によっては「無償」であることが問題になるケースもあります)。
連結納税の調整 Xグループは連結納税制度の適用を受けています。S社と中国関係会社との取引に係る損益(所得)を税法に従って整理し、連結納税の納税義務者であるXホールディングスに対して、あるべき所得金額が課税されたものと思われます。

4.修正申告および納税

「当局との見解の相違があったが、指摘に従い修正申告し納税を済ませた。」

◆税務調査対応を行う上で大切な手続きのポイント!

税務調査の終了の仕方には、大きく分けて三通りのケースがあります。

申告是認 税務調査で問題点が全く見つからなかった場合、当局は「申告是認」を行います。申告所得金額と比較して、否認項目の合計額が極めて少額な場合(例えば、交際費とすべき福利厚生費が50,000円見つかったが、3億円の課税所得金額を申告納税している企業であったケースでは、「今後、十分注意して税務処理をしてください。」という行政指導を行って、修正申告を慫慂しない場合もあります)も申告是認になるかもしれません。
修正申告 税務調査で指摘を受けた否認項目について、納税者が納得している場合、自ら当初申告である「確定申告書」に記載した課税所得金額を訂正して、「修正申告書」を提出する方法です。自ら申告内容を訂正するため、修正申告書の内容に関して、税務調査に関する「再調査の請求」を行うというのは理にかないませんので、再調査の請求、審査請求、税務訴訟といった手続きにはなじみません。
更正処分 大規模法人の場合は、「更正処分」により「更正の通知書」を入手するケースが多いと聞きます。企業が内部統制組織を運用して作成した法人税申告書に「誤りがあった」ということは、企業組織として、組織運営の根本を見直す等の必要に迫られます。本稿で取り上げた新聞報道記事でも、「当局との見解の相違があったが、...」と付記されています。見解の相違はあるが、司法判断を仰ぐまでの法的な問題ではないと企業側が判断した場合、「修正申告」又は「更正処分」を受け入れることになるわけです。

5.記者が入手した付随的な情報

「国税局が調べたところ、関連会社に支払われた代金の計算根拠が乏しく、人件費が実際の3倍以上になっていたという。S社の担当者が、こうした金額設定に税務上のリスクがあると認識していたことも判明した。」

◆税務上の検討で大切なポイント!

5は否認の根拠にも通じる情報です。企業の立場から、取引の合法性の説明が繰り返し行われたにもかかわらず、納得しない調査官の主張が最終的に通った結論かもしれません。

① S社が中国関係会社に支払った外注費の損金性は、取引の事実と金額の妥当性、支払の事実をもって立証されます。

外注費の損金性を検討する場合、一般的には、次のような作業を行います。

イ 外注作業の内容と支払金額の計算根拠が記載された契約書等の確認

ロ 見積書、インボイス(請求書)等の証憑類の記載内容に整合性があり、事実関係と一致していることの確認

ハ 代金決済の事実の確認(手形、小切手、銀行送金依頼書等)

② 取引事実が確認でき、受注から決済までの信頼できる証憑類が揃っていれば、法人税法上の損金性に問題はありませんが、国外関連者との取引については、租税特別措置法に規定する移転価格税制の課税要件の検討(特に金額の妥当性)が必要になります。これが、記事にも記載されている「独立企業間価格」の検討です。

✓ どうやら、調査官は実際の当事者間の取引金額よりも低い金額を独立企業間価格(第三者間の取引金額)として算出したようです(外注費の払い過ぎを意味します)。

✓ 修正申告の金額が3年間で約34億円、追徴税額は約2億円です。34億円の全額が移転価格の否認額なのかどうかは不明です。所得加算額に比べて税額が少額であるのは、当初申告が赤字の事業年度があるのかもしれません。

◆相互協議手続きの有効性

移転価格課税事案については、日本で課税を受けた金額を取引相手国である中国から取り戻す手続きがあります。相互協議の申し立てを行う方法です。相互協議手続きの有効性については、事前に専門家によく相談する必要があります。

本件では、(取り戻すことが可能と見込まれる)追徴税額2億円と、相互協議に要する手間とコストが勘案され、事後の手続きの決定がなされたものと推測します。