[全文公開] アングル 適正公平な税執行の妨げとなっていたコーハン・ルール
税理士 川田 剛
▶はじめに
個人所得税の場合、「収入」から「必要経費」を差し引いた残額が「所得」となる。
このような考え方は米国においても同様である。しかし「必要経費」の立証手段としてどのような内容のものが求められるかについて、かつて米国ではかなりゆるい立証であっても認められていた。いわゆる「コーハン・ルール」(Cohan-rule)と称されるものがそれである。
しかし、そのルールを使って所得税負担を免れる事例が多発した。そこで、1962年から2017年まで数回にわたる法改正がなされてきた。その結果、最近はあまり利用されなくなってきている。
▶「コーハン・ルール」とは
「コーハン・ルール」が広く利用されるようになったのは、1930年の裁判(Cohan v. Commissioner, 39 F.2d 540(2nd Cir. 1930))で当時著名なヴォードビリアン(歌とおどりを組みあわせた芸人)、現代でいえば、マイケル・ジャクソンくらい有名だったG. M. Cohanが、収入の大部分を必要経費として申告していたのに対し、IRSが調査担当官に必要経費の内容等(家族への多額の支払や多額の交際費等)についての説明がなかったとしてIRSが行った更正処分について、裁判所がその取消しを命じたためである。
(図)必要経費算入のための要件が争われた事例(いわゆるコーハン・ルール)
(Cohan v. Commissioner,39 F.2d 540(2nd Cir. 1930))
この裁判を担当したのは後に連邦最高裁の判事になり、IRSの正面玄関に「税とは文明社会の対価である」という文字盤を残したことでも知られるLearned Hand判事である。同判決においてHand判事は、「納税者が自己の租税負担を最も低くしたい(as low as Possible)と考えるのは当然である」としたうえで、「法令上必要経費の控除が認められている以上(legitmate deduclible exposes)、それを課税庁が認めないというのであれば、課税庁側が(川田注:納税者の主張に根拠がないとの)立証責任を負うべきである(having heavly if it chooses)。
然るに本件ではその立証がなされていないので課税処分は取り消されるべきである」と述べている。
(注)ちなみに、いかなるものが必要経費となるかについて、内国歳入法第162条(a)(1)~(3)では次のように規定されている。
① 当該支出(expenditure)が実際に支払われ又は発生していること(paid or incurred)
② 当該支出等が事業目的又は利益獲得目的(business or profit-oriented)でなされていること
③ その金額が実際に支出されているもの(実額)であること(amount spent)
▶その後の経緯
この判決が契機となり、その後いくつかの判決で納税者の主張が認められている。
① 競馬用のかけ金
Foreman TCM 1988-64
② スロット・マシーンのかけ金
Briseno TCM 2009-69
③ マリファナの栽培費用
Olive 139 T.C. No.22012
④ ビジネス用の諸経費
Windhaw TCM 2017-68ほか
⑤ 慈善団体への寄附
Hooks TCM. 1993-437.
Rewdrick TCM 2006-9
(注)ただし、納税者側の立証責任が不十分だったとして、IRSの課税処分が認められた次のような事例もある
① 証明不十分
Stewart TCM 2005-212
② 合理的な記録不保存又は不提示
Harlan. TCM 1995-309
③ 納税者の主張を裏付ける一切の資料なし
Jones TCM 2011-77
そこで、連邦議会では、数回にわたって法令改正を行い(1962年、2017年)、濫用防止に努めてきた。その結果、現在ではそれらの多くについて規制が図られるようになってきている。
(注)ちなみに2017年の法改正では申告書作成代理人に対しこの種のスキームにサインするときはForm8275によりIRSに要届出とするなどの規制強化も図られている(財務省規則§1.274-5T(C)(3))。
(参考)IRS第274条(d)(要旨)
いかなる所得控除(deduction)又は税額控除(credit)もそれらの支出を裏付ける資料がなければ認められない。
(1)IRS第162条(Trade or business expenses:事業上の必要経費)及び第212条(Expenses for production of income:所得を得るのに必要な経費に規定する旅費(食事代及び宿泊代を含む)
(2)贈与に伴う経費
(3)IRC第28F(d)(4)に規定されている財産(listed Property)については、納税者が自己のステートメントにおいて、十分な証拠となる次のような記録が残されている場合を除き控除は認められない。
(A)経費の内容
(B)旅行又は贈与を行った場合、その日時に関する記録
(C)経費を支出した場合、その日時と相手先
(D)それらの支出により利益を受けた相手方と納税者との関係
財務長官はこれらの規定の執行につき、必要に応じ、財務省規則を発出する ※ 。
※この規定をふまえ、財務長官は、次のような規則を発出している。