[全文公開] アングル ネパールのサムライ
税理士 川田 剛
▶はじめに
先般、ネパールで開催されたAOTCA(アジア・オセアニア・タックス・コンサルタントアソシエーション)の会議に出席する機会があった。
ちなみに、AOTCAとは日本税理士会連合会の提唱により発足した税務専門家の会合で、各国持ちまわりでの開催となっており、ネパールで開催されるのは初めてである (注) 。
(注)世界最高峰の山々がそびえるヒマラヤ山脈のふもとにあるカトマンズで開催された今回の2日間にわたる会合では、BEPSにおける議論をふまえ、それらがアジア地域に及ぼす影響や情報交換、税務行政のDX化等について各国の参加者から自国の状況等についての説明と意見交換がなされた。
会議終了後、帰国が夜中の便だったことから、日本の友人の紹介で、かつて日本の大学・大学院に留学し、日本企業で働いた後にネパールに帰国した何人かの人達に会うことができた。
その際、そこで聞いた話の中に多くの示唆に富むものが含まれていた。そこで、今回は、それと関連した話をしてみたい。
▶ネパールの概要
インドと中国という両大国の間にはさまれて存在するネパールは、面積(14.7万㎢)と人口(約3000万人)とも、日本の約4分の1という大きさの国である。
民族的・宗教的には多種多様であるが、主たる民族はヒンドゥ、マガル、タルー、ダマン、ネワール族等である。なお、ヒラリー氏のエベレスト初登頂時にシェルパを努めたテンジン・ノルゲイの属するシェルパ族も一つの部族である (注) 。また、宗教的には、ヒンドゥ教徒が大部分(約80%)であるが、仏教徒(約10%)、イスラム教徒(約5%)なども存在する。
(注)シェルパとはテンジンが属していた民族(部族)の名称である。
このような背景等もあって、過去には多くの小国家が分立していた。ちなみに、国家として統一がなされたのは、日本でいえば江戸時代中期にあたる1769年のことである。
その後、インドとの間で何度か戦いがあり、その結果、それまでネパール領だったアッサム地方やカシミール地方は現在ではインド領となっている。
ただ、同じ山国のスイスと同じく、それ以後も生計維持のため傭兵として英国軍に参加していた者が多く、それらの大部分は、現在では英国民となっている。
このようなこともあって、公用語はネパール語であるが、英語がヒンドゥー語と並んで準公用語となっている。
▶ネパールのサムライ
自らを「ネパール・サムライ」と称し、日本にあこがれと特別な親しみを有している彼らが日本の大学で学んだ分野は、多岐にわたっている。
筆者が会ったうちのひとりは、ネパールの大学で電子工学を学んだ後に東京工業大学(当時)で電子工学を、同大学院ではシステム・エンジニアリングを学んで日本企業に就職、そこで数年間働いてから帰国している。
もうひとりは、ネパールの高校を卒業後、立命館大学及び東大大学院で電子工学を学んだ後に、後進の教育のためネパールに帰国している。
彼らは、日本で従事したシステム・エンジニア分野のノウハウを自国で広めることにより、ネパール経済に貢献したいという明確な目的意識を持って帰国している。
そして、彼らをマネジメント面からサポートしているのが、ネパールの高校を卒業後、東北学院大学の経営学部に留学し、その後日本企業でセールス・マネジメントを学んで帰国したという青年である。
▶彼らが現在ネパールでしていること
彼らがネパールに帰国後、最初にしたことは、日本とのつながりを生かした日本企業向けのシステム開発の側面支援である。この種の仕事は、従来はインドで行われていた。しかし、彼らは、①日本企業で同種の仕事をしていたこと、②それに伴う人的ネットワーク等が日本にあること、③日本企業の担当者と日本語でコミュニケーションが図れること、④この種の仕事はリモート・ワークになじみやすいことなどから、ネパール国内で事業を展開させている。
それだけであれば、単なる成功物語のひとつにすぎない。ビックリしたのはその後である。
彼らは、そこで得た資金を元手に、クラウド・ファンディングの助けも借りて、ネパール各地(主に地方)の公立中学・高校出身者を集め、全寮制かつ無料で技術教育を施している。
期間はコースの内容に応じ、6か月から1年と一律ではないが、授業は日本語学習を含め、朝5時から夜11時までというハードなものである。
当方が見学した施設は、次の3つであるが、いずれの場所においても、至る所に日本の都道府県の名称や日本語による日常のあいさつの仕方を書いたものが貼られ、日本語のテレビ、パソコン等が備え付けられており、常時勉強できる体勢が整えられていた。
①システム・エンジニア・コース(各10人)
現在学んでいるのは2期生であるが、1期生は全て地元又は日本で日本企業向けのシステム開発に従事しているとのことであった。
また、2期生もほぼ同様の仕事につきたいとのことであった。
②土木工学コース(約10人)
ここで学んでいた1期生のうち、3人は日本企業(建設会社)への就職が内定し、近日中に日本に出発するとのことであった。
③看護コース(約20人)
このコースはまだスタートしたばかりとのことであったが、大部分の研修生は、コース終了後、日本で看護師又は看護助手として働くことを希望しているとのことであった。
▶日本に居住するネパール人
現在日本に居住しているネパール人は約28万人で、中国・韓国・ベトナム、インドネシアに続き、第5位となっている。
ただし、近年における増加は著しく、例えば2025年6月末で、対前年比4万人増、上位5か国の間で最も多い数となっている。
それは、同国の所得水準(1人当たり年間約1400ドル(資料出所:IMF))と日本(約4万ドル)との差によるものと考えられる。
親日的な同国の雰囲気や、前述したような彼らの日本への思い入れなどから、今後さらなる相互理解と発展が望まれる。





