[全文公開] Topics Plus No.11 ドラマ「窓際太郎の事件簿」
税理士 遠藤 克博
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執筆者経歴 1978年 東京国税局入局。1990年 国税庁調査課からロンドン長期出張、1997年~1999年 税務大学校研究部教育官、2000年~2003年 東京国税局調査第一部国際調査課課長補佐、2003年~2006年 税務大学校国際租税セミナー担当教授。2008年 税理士登録、2009年~2020年 青山学院大学大学院国際租税法客員教授、2010年~ 電子機器メーカー、電子部品メーカー、外航海運業の社外監査役。 主な著書「海外取引の税務Q&A」「税理士のための国際税務の基礎知識」(税務研究会)、「BEPS文書作成マニュアル(共著)」(大蔵財務協会)など著書多数。 |
庶民に好かれる税務調査官「窓辺太郎」
以前、伊丹十三監督の「マルサの女」の制作過程の裏話をお話したことがありました( 本誌2024年12月号 )。国税局査察部が、一般の人たちに知られるきっかけにもなった話題の映画で、宮本信子さんの名演により女性査察官が注目されたことを覚えています。
今回は、テレビのゴールデンタイムに10年以上にわたって放映された国税調査官を主役にしたドラマのお話をします。
小林稔侍という俳優をご存じでしょうか。第10期東映ニューフェイスに合格して映画俳優としてデビューした人ですが、1960年代初めから1970年代中頃まで、主に東映が制作した高倉健・千葉真一・梅宮辰夫らを主演とするアクション映画・仁侠映画に脇役で出演していた俳優さんです。
税務調査官の世界を描いたストーリー
小林稔侍さんは、1998年から2020年までTBS系で放送されていたテレビドラマシリーズ「税務調査官・窓際太郎の事件簿」で、お茶の間でおなじみの俳優に躍り出ました。小林稔侍さんが主人公である税務調査官を演じて、一般の市民にはさほど縁がない税務調査の世界を調査官の視点から描き出し、ビジネスの世界を舞台に、事業経営者が直面する様々な悩みや問題を取り上げながら、ビジネスにつけ込むアウトローを登場させて、勧善懲悪のストーリーを作り上げていました。
税務調査という仕事の中で、善良な人々やアウトローの人々との接点が生まれ、社会正義と庶民の人情をからませて、巻き込まれた事件を解決していく話でした。
世田谷南税務署で、税務調査官として勤務する窓辺太郎(まどべ たろう)は、一見うだつが上がらない平の調査官ですが、実は元の上司に当たる(北村総一郎演ずる)国税局査察部長の指令を受けて、世田谷南税務署で特命事案の情報収集を行う隠れ査察官だったのです。窓辺太郎は、世田谷南税務署に異動する前は、国税局査察部の敏腕査察官でしたが、与党の有力政治家の汚職事件に絡む脱税の調査を担当した際に、査察事案担当として頑張っていた有能な部下を謀略により死亡させられてしまったことから、世田谷南税務署の窓際に異動させられたという経緯がありました。
悪質な脱税犯を取り逃がした国税局のメンツは丸つぶれとなり、見せしめとして窓辺太郎は査察部の舞台から姿を消すことになったわけです。
課税管轄と反面調査
窓辺太郎は、「気のいい税務署のおじさん」として小規模な個人事業者などの調査を行う一方で、市民生活の中に潜む弱い者いじめのようなビジネスを、税務調査という手段を使って正していきます。税務署には管轄地域が決められています。所属する調査官は、その管轄内の納税義務者の調査を行うことができます。ビジネスを行う個人、法人は管轄外にある取引先と取引を行っています。調査官は、取引が真正なものであることを確かめるために、取引先である納税義務者に取引の確認を行う必要があります。税務署の管轄内の事業者等に確認調査を行うことを反面調査といいますが、反面調査は日本の課税管轄権であれば、どこに所在する事業者に対してでも実施することが可能です。
ドラマでは窓辺太郎は頻繁に管轄外に出張します(管外出張)。東京以外の土地で調査を行うという筋立てを通して、様々な地方の人情の機微、美しい景色や名産品、食べ物などを紹介していくという脚本家の意図も映し出されていました。
国税調査官の数が多い出身大学
テレビ番組の解説情報によれば、窓辺太郎は独身の中年調査官です。中央大学出身という想定になっており、同じ大学出身の先輩に誘われて国税調査官になったとあります。
15年ほど前の国税局の国税調査官の出身大学を思い起こすと、確かに中央大学法学部等の出身者がかなりおられました。司法試験の受験体制が充実しているという評判を耳にしますが、公認会計士試験や税理士試験でもプレゼンスがあったように記憶しています。将来、法律や会計、税務を終生の仕事と決心した若者の多くが中央大学を目指しているのだと推測します。
絶大な効力がある「査察官の検査証」
窓辺太郎は、通常の勤務時は茶色いよれよれの上下の背広を着ていますが、事件解決のために容疑者と対峙するときには、しゃきっとした黒系スーツを着こなしソフト帽を少し斜めにかぶって、別人のような出で立ちで現場に向かいます。現場に着くと、すったもんだの末に事件解明のための証拠を押さえて、悪役を前にして見栄を切り口上を述べます。その時に、スーツの内ポケットからおもむろに出して示すのが「査察官の検査証」なのです。
読者の皆さん、どこかで同じような場面を見たことがありませんか......。
映画では月形龍之介が演じていましたが、テレビシリーズでは、東野英治郎・西村晃・佐野浅夫・石坂浩二・里見浩太朗が演じました。そうです、水戸黄門の事件解決シーンにそっくりです。黄門様が悪人に示すのは葵のご紋のある印籠でした。テレビ制作者の方から見て、査察官の検査証は、黄門様の葵のご紋に見えたのでしょう。
番組の解説によれば、窓辺太郎の身分証明書および検査証には、昭和26年8月4日生まれと記されているようです。血液型はB型で4つほど筆者の先輩になります。少し先輩ながら、国税調査官を恰好よく演じてくれたことに感謝しています。
調査官の大切な文書
国税調査官にとって、身分証明書と質問検査証は、大げさに言うと命の次に大切な文書です。黒い検査証カバーには隅に穴が開いています。その穴にひもを通して、ワイシャツのボタンやベルトなどに結び付けてあります。確かマルサの女でも、ひものついた身分証明書を引き寄せようとした被疑者がゴムで引き戻されるシーンがありました。
「管外出張」という用語に触れましたが、宿泊を伴う管外出張する場合、調査官をある種の緊張感が支配します。東京国税局の職員が大阪国税局管内である難波の不動産会社に反面調査を行うことがあり、受験シーズンと重なってビジネスホテルが取れず、難波からだいぶ離れた駅に近い古い旅館に泊まることになりました。
調査官が食事やトイレに入る際は、身分証明書はポケットに入れたままです。お風呂は困ります。大きなホテルや旅館にはセーフティボックスがありますが、小さな宿泊施設の場合は、身分証明書を部屋に置いたままというわけにはいきません。ビニール袋などを用意して、お風呂の中までもっていくケースがあるのです。まさに、印籠と同じくらい大切です。
エピソード
肝を冷やした思い出話があります。地方局から研修で東京局の調査に同行するために上京した若い職員を、東京のベテラン職員が、仕事が終わった後に繁華街を案内し、ビールでのどを潤した後にサウナによったときに発生したハプニングです。ベテラン職員の持ち物にトラブルはなかったのですが、若い職員が店を出るときに身分証明書がポケットに入っていないことに気が付きました。真っ青になった職員は、繁華街の通った道、立ち寄った店、サウナをくまなく探し回りましたが、見つかりません......。
顛末は、酔いがさめたころ、免許証などと一緒にカバンの内ポケットの一番奥に押し込んだのを思い出したのでした。
事程左様に、身分証明書や質問検査証を身に着けているときは、慎重に行動する必要があります。




