『マネジメント倶楽部』掲載コラムを毎月1つご紹介します。
2022/11/07 16:00
このコラムは『マネジメント倶楽部』2022年11月号に掲載されました。
12月は「職場のハラスメント撲滅月間」です。労働者が気持ちよく働き、能力を発揮できる環境を整えることは企業責務であり、企業成長のためにも労働者の生産性を下げるハラスメント撲滅は不可欠です。特に「性的嫌がらせ」と言われるセクシュアルハラスメントは、企業の社会的評価を落とすだけでなく、ESG(環境・社会・企業統治)投資の観点からも大きなリスクです。今回はセクシュアルハラスメントの企業リスクと、どうしたら職場からなくすことができるのか、日本で初めてセクシュアルハラスメント被害をめぐって争った民事裁判で代理人を務めた角田由紀子(つのだゆきこ)弁護士にお話を聞きました。
ビジネスを取り巻く環境は、日々変化しています。2022年4月より中小企業でもハラスメント防止措置が義務化されました。同時に、男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法においても、セクシュアルハラスメントや妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントに係る規定が一部改正され、防止対策の強化が図られています。
こうした時代の変化に迅速に対応できる企業は、労働力不足の時代に優秀な人材を確保でき、定着率アップや社員のモチベーション向上という好循環を生み出します。
「特に、相手の尊厳を傷つけ、不利益や脅威を与えるセクシュアルハラスメントは、人権侵害であると同時に、企業にとっては大きなマイナスになるので、しっかりとした防止策を講じる必要があります。セクシュアルハラスメントによって、離職の選択をする被害者は少なくありません。新たな人材を採用し育成するには時間と費用というコストがかかります。加えて、社員の士気の低下を招くばかりか、会社の評価も下げ、使用者責任が問われる場合もあります」と角田弁護士は言います。
自治体の例ではありますが、組織の責任が問われた事件がありました。今年5月、長崎市の幹部職員から取材中に性暴力を受けた女性記者が、同市を相手取って賠償を求めた裁判の判決が出ました。長崎地方裁判所は、市の賠償責任を認定し、市に対しておよそ2,000万円の支払いを命じました。
被害者の代理人を務めた角田弁護士は、「判決では、加害者は職務上の優位な立場を利用して記者に不法行為を行ったと認められ、その後の長崎市の対応の悪さ(加害行為の隠蔽、虚偽情報の流布、責任の回避)も追及され、市の責任が問われました」と話します。
日本でセクシュアルハラスメントが「問題」とされるようになったのは約30年前です。「セクシュアルハラスメント」という言葉自体がなかった1989年、角田弁護士は、小さな出版社に勤めていた女性社員から、上司の「性的嫌がらせ」に対する訴訟相談を受けます。女性は、上司から悪評を立てられ退職を余儀なくされました。
角田弁護士は、「当時、セクシュアルハラスメントは職場で横行していましたが、行為は問題視されていませんでした。ニュース番組の街角インタビューでも、事件についての受け止め方は『職場で女の子のお尻も触れなくなったら、人間関係がぎくしゃくするよ』というサラリーマンのコメントが堂々と放送されていた時代です。上司や先輩という力関係があると、嫌なことがあっても、拒否の態度はとりにくいということが全く理解されていませんでした。ですから、マスコミも"そのくらいのことで裁判にする女はどんな女か見てみたい"という様子で私の事務所に押し寄せようとしました。同時に、『セクシュアルハラスメント』という言葉を、揶揄して『セクハラ』と略したので、行為が矮小化されて流布しました。セクシュアルハラスメントは被害者に大きな精神的苦痛を与え、心身の健康やキャリアを失わせる人権侵害なのに、「セクハラ」と略して使うと、行為を糾弾するというより、茶化す言葉となってしまっていました。その時はこの裁判に負けたらセクシュアルハラスメントの違法性が問われることがされなくなるから、絶対に負けられないという思いで闘いました」と語ります。
1992年に判決が出て、加害者の行為が「不法行為」として認められ勝訴すると、状況は一変し、セクシュアルハラスメントはしてはいけない行為という認識が広まりました。
とはいえ、撲滅には至っていません。「令和元年度 都道府県労働局雇用環境・均等部(室)での 法施行状況」によると、各労働者や事業主等から寄せられた相談の中で、「セクシュアルハラスメント」は7,323件、「婚姻、妊娠・出産等に関するハラスメント」の相談は2,131件です。また、「婚姻、妊娠・出産等を理由とする不利益取扱い」は4,769件、「育児・介護休業法に係る不利益取扱い」も近年増加傾向にあります。なぜセクシュアルハラスメントはなくならないのでしょうか。
「なぜ、この組織でセクシュアルハラスメントやハラスメントが起きたのかを検証することが必要です。『女性はこうあるべき』、『男性はこうあるべき』などの性別に対する固定観念が、職場の風土になっていませんか。その他にもよくある言説に、『女性は補助的な仕事でいい、女性上司は信用できない』などがあります。日本はジェンダーギャップ指数116位(世界経済フォーラム2022年発表。146か国中)という世界でも底辺にいますから、こういったジェンダーバイアスは社会に根強く存在しています。職業人として対等であり、それぞれに尊厳があるということを自覚して、まずは一人ひとりの意識変革から始めていくことが大事です」(角田さん)
「職業人として対等であり、それぞれに尊厳があるということを自覚することから」と語る角田弁護士
世界の動きはどうなのでしょうか。国連の「貧困をなくす」「ジェンダー平等の実現」など、17の目標からなる「SDGs(持続可能な開発目標)」採択と、「#Me Too」運動を背景に、世界的に、職場におけるハラスメントへの関心が高まっています。 2019年6月には、セクシュアルハラスメントを含む、あらゆるハラスメントを禁止する包括的な国際条約『ハラスメント禁止条約(ILO190号条約・以下に表あり)』が採択されました。
注目すべき点は、ボランティア、インターン、訓練中の労働者なども正当な労働者として認められ、法的に守られていることです(表参照)。また、①行為が単発的であっても、②ハラスメントの可能性があるとみなされた場合も、③身体への攻撃だけでなく、精神的、性的、経済的な損害についても、暴力とハラスメントとして認められています。
ただ、日本はというと、この条約の批准に至っていません。
「批准するには、ハラスメントを法律で禁止する必要がありますが、日本はセクシュアルハラスメント行為自体を禁止する法律がありません。男女雇用機会均等法は、行為自体を禁止していないばかりか、罰則もありません。社名の公表だけです。パワーハラスメントもそうで、これでは制裁としては全く機能していません。ちなみに、法律でセクシュアルハラスメント禁止を規定していないのは、OECD諸国の中でチリと日本だけです。ぜひ法整備について本腰を入れてほしいところです」(角田さん)。
令和2年度の厚生労働省の「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、ハラスメントが起きる職場の特徴は、「残業が多い/休みを取りづらい」「上司と部下のコミュニケーションが少ない/ない」「失敗が許されない/失敗への許容度が低い」職場とされており、社員が安心して働ける職場とは到底言えそうにありません。また、ハラスメント予防に「勤務先があまり取り組んでいない」と回答した者は、ハラスメントを経験した割合が最も高い、という結果になっています。
一方、ハラスメントの予防・解決に「勤務先が積極的に取り組んでいる」と回答した者は、ハラスメントを経験した割合が最も低くなり、さらに「職場のコミュニケーションが活性化する/風通しが良くなる」「管理職の意識の変化によって職場環境が変わる」という効果が指摘されています。
以上のことからも、経営者が積極的に職場でのハラスメント防止に取り組むことは、社員のやる気を高め、その能力を最大限に活かすことに直結します。
冒頭にも書きましたが、 厚生労働省では、12月を 「職場のハラスメント撲滅月間」 と定めています。これを機にハラスメントのない職場環境づくりに本腰を入れてみてはいかがでしょうか。
出典:令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態 調査報告書
(文・写真/平井明日菜)
角田由紀子 (つのだゆきこ) |
このようなコラムをあなたの顧問先と共有しませんか?
『マネジメント倶楽部』はあなたの顧問先にお読みいただく情報誌です。詳しくはこちら↓
税研ホームページ:マネジメント倶楽部
2022/06/16
東京パラリンピックのバイオリニスト 式町水晶(しきまちみずき)さんに聞く 他者を理解する能力「エンパシー」【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2022/05/23
建築士 吉田尚平さんに聞く 高度成長日本から50年。"負"動産再生による地域ブランド力向上【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2022/04/25
Hikobayu(ひこばゆ)代表 澤田佳代子さん 澤田健人さんに聞く 世界的リゾート・ニセコ町で、6次産業化によってエシカルなものづくりを目指す【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2022/03/23
葉っぱ塾八木文明さん 七色学舎村田孝さんに聞く 東日本大震災をきっかけに始めた、地域社会とともにある学びの場
2022/02/15
空き家活用株式会社和田貴充さんに聞く どこから手をつける?空き家問題を解決するメソッド【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2022/01/19
浅草の「おかみさん」冨永照子さんに聞く 下町、義理と人情のまちおこし【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2021/12/15
写真家 越智貴雄さんに聞く 東京パラリンピックを振り返り、ダイバーシティ& インクルージョンを考える【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2021/11/15
企業の健康を担う「産業医」 三宅琢先生に聞く コロナパンデミックで真価が問われた産業医【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2021/10/13
介護付き旅行事業のパイオニア SPIあ・える倶楽部 篠塚恭一さんに聞く コロナ禍で見えた「旅行」の持つ意味【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2021/09/17
2万3,000人が集う企業内大学「Zアカデミア」 ディレクター 石塚勝巳さんに聞く 人材育成は未来への投資【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2021/08/17
NPO法人 自伐型(じばつがた)林業推進協会 中嶋 健造さんに聞く これからの山林の生かし方【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2021/07/12
挑戦し続ける企業パタゴニアに聞く 地球というフィールドを受け継ぎ 将来の世代に手渡すビジネス【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2021/06/16
「まちの映画館」日本最古の映画館 高田世界館支配人 上野迪音さんに聞く 映画・文化・地域コミュニティの創出【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2021/05/17
認可保育園「カミヤト凸凹保育園+plus」常務理事 馬場拓也さんに聞く 理想は高く!社会を「やさしく」する保育園【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2021/04/12
湯浅醤油有限会社代表 新古敏朗さんに聞く 歴史や伝統に胡座をかくことなく進化する世界一の醤油作り【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2021/03/16
「アイくるガールズ」プロデューサー関野豊さんに聞く シビックプライドを取り戻すローカルアイドルグループ【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2021/02/02
認定NPO法人「アール・ド・ヴィーヴル」アートディレクター 中津川浩章さん 理事長 萩原美由紀さんに聞く 障害がある人と社会をつなぐアート【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2021/01/06
公益財団法人「日本電信電話ユーザ協会」技能検定部長 吉川理恵子さんに聞く 新時代のコミュニケーション 見えない相手への思いやりの伝え方【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2020/12/15
逆境から立ち直った元アスリート 花岡伸和さんに聞く セルフマネジメントでレジリエンス(折れない心)をつくるには【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】
2020/11/04
BLEND代表 杉山大輔さんに聞く 海まで徒歩3分のコワーキングスペースが地域に与える影響とは【マネジメント倶楽部・今月の深読み!】